第52話 女の目的?
あの女が付けたとすれば、何かの術なのは間違いないだろう。だが一体何の術なのか。
(例えばこの部分から腕が腐っていく、とか。何らかの病原菌が全身に転移しまくったり、突然燃えたり凍り付いたり勝手に変な方向へ曲がったり、触手のようなものがニョキニョキと生えてきたり……とか?)
最悪の事態を色々と想像してしまい背筋も寒くなったが、その考えを振り払うかのように直ぐさま頭を振った。
(駄目、弱気になったら。それに……そうだ、意識を失う前にあの魔物が言っていたじゃない)
私は思い出した。
彼女は確かにこう言っていた。「今回は特別に延命させてやろう」と。
つまり私たちがあの魔物に殺されなかったのは、今回は特別に見逃してもらったから、ということになる。そこにアレックスの能力が関係していることは、女の最後の捨て台詞からも明白だった。
だとすればこの術は、直ぐに発動するようなものではないのかもしれない。勿論「魔物の言葉が真実」だというのが、前提条件ではあるが。
(でも待って)
ここで私は矛盾点に気が付いた。
あの魔物たちは私たちのことも、アレックスの仲間だと思っていたはずだ。それなら私たちに術をかけるのはおかしい。
何故ならアレックスには「魔物の術が効かない」からである。
それとも私たちのことをアレックスの仲間ではないと見抜き、術をかけたのだろうか。なら何故、その場で殺さなかったのか。魔物である彼女にはあの能力以外で、私たちを生かす理由などないはずなのだ。
「エリスさん~、さっきから何を~一人で考え込んでいるのですか~?」
しばらく無言で腕の紋様を見詰めている私が気になったのか、エドが話し掛けてきた。
「うん、ちょっとね……そういえばアレックスは? さっきから姿が見えないんだけど」
「アレックスさんなら~一足先に討伐隊の皆さんの手によって~病院へ連れて行かれましたよ~。僕の回復術で一時的に~回復されていたようですけど~打撲傷が酷くて身体のほうは~結構ボロボロな状態だったみたいです~」
ということは、かなり無理をして立ち上がっていたのか。その状態で更に戦いを挑もうとするとは、なんという執念なのだろう。
「君、ようやく目が覚めたようだね」
背後から声を掛けられたので振り向けば、全身金色の鎧で覆われた、四十~五十歳代くらいのおじさんが立っていた。騎士様の格好をしている。
「この方は~討伐隊の隊長さんなのです~。僕はこの方に~エリスさんを早く起こすように~頼まれたのですよ~」
「中位クラスの魔物に遭遇したと聞いたが、何処にも怪我はないようだね。しかも殺されずにすんだなんて、君たちは実に運がいい!」
おじさんは角張り気味のロマンスグレーな顔で爽やかに笑いながら、私とエドの間に割って入った。
「私はカタトス町支部から派遣されてきた、討伐隊隊長のフランツ・マクガレー。リーヴォン王国第五騎士団長も兼任しているんだ。もっとも、本職は後者のほうだけれどね」
にこにこと愛想笑いを浮かべつつ、マクガレー隊長は私に握手を求めてきた。
「我が騎士団は魔物討伐に派遣されることが多くてね。入団希望者も、その生業を希望する者が大多数を占める。だからこちら側としても、それなりに腕の立つ者を団員として募集したいわけだけれど…」
私は差し出された手を握り返しながら、隊長のどうでもいい話に適当な相槌を打っていた。それでも彼は笑顔を崩さず、一方的に喋り続けている。
「……ところで君たちは討伐隊が今日、ここへ来ることを知っていたそうだね。なのに何故我々が到着する以前に、この洞窟の中に居たのだね?」
ここで私は初めて気が付いた。
マクガレー隊長の持つダークグレーの瞳の奥が、全く笑っていなかったということを。