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第49話 魔物の女


「見目麗しい我が花よ。舞い降りる蝶のように、柔らかい風のように、優しく照らす光のように。包み込む暖かな眼差しで、あなたの元へと参りましょう。天から注ぐ虹の欠片、想いを伝え……」


 突然、場違いな唄が流れてきた。

 一体何の術なのだろうか。詩の内容から察するに『チャーム(魅了)』のような気もするのだが。

 しばらく経つと唄は終わったのだが、何も起こらなかった。


「………美しい」

「は?」


 ようやく呟いたエドの顔は上気しており、恍惚とした表情で階段上の魔物を見詰めている。「心ここにあらず」といった様子だったが、私は一応聞いてみた。

「エド、今の術は?」

「今のは~術ではありません~。僕からあの方への~『愛の唄』なのです~」


 私はその場でガクッと崩れた。


 つまり術発動用の唄などではなく、「ただ唄ってみただけ」だという。

 確かに歌詞の中には精霊の名が入っていなかったし、精霊石も光っている様子はなかったけれども。


(こんな状況で、そんな唄うたうなよっ!)

 叫びたくなったが、今はそんなことをしている場合ではない。私は直ぐに気を取り直すと立ち上がった。


 それにしてもこの魔物の女性、果たして本当に『魔王』なのだろうか。

 私の想像していたような禍々しさは感じられなかった。寧ろそこには、無機物があるかのような印象さえする。

(まさか、完全に気配を消している?)

 私たちでも簡単に消すことはできるが、これほど完璧にはできない。せいぜい下位クラスの魔物をやり過ごす程度だ。敵に集中力を駆使されれば、直ぐに見つかってしまうだろう。先程のリチャードもある程度の気配は消している様子だったが、ここまで完璧なものではなかった。


「魔王! さらった人間を何処へやった!? そして俺はお前を倒しに来たのだ!!」

 アレックスは再びよろよろと起き上がると、女に向かって指を突きつけた。


「貴様は何か勘違いをしているようだな。わらわは魔王様ではない」

「ならば、その魔王を出せ!」

 女はククク…と、喉の奥で可笑しそうに笑った。

「面白いことを言うな。魔王様が生きておられた時代は、一体どれ程前なのか。気の遠くなるような時間だぞ。とうに亡くなっておられるだろうが。いるわけなかろう」


 あっさりと否定する。

 それもそうだ。伝説通りであれば魔王がいたのは、千年以上前ということになる。例え長生きをしたとしても、既に寿命は尽きている。更に魔王は『男』だったはずである。


「だが精霊が動き出したということは…」

「サラ様」

 何かを言いかけた女だったが、後ろの暗闇からこうべを垂れたままのリチャードが、音もなく姿を現した。傍らには白い目玉が浮遊している。


「そろそろお時間ですが」

「そうであったな。ついでに貴様の戦いを見物してやろうとも思ったが、人間の到着のほうが大分遅れているようだ」

(人間の到着? ……討伐隊のことかな)

 先程のエドの話では、今日の日暮れに来るらしい。やはりこの魔物たちは、討伐隊を待ち伏せしていたのだ。


「だがここに足を運んだのは、どうやら無駄ではなかったようだ。このような場所で精霊に選ばれしヒトに、ようやく出会えたのだからな」

 そう言うと女は私たちに背を向けた。


「魔王、逃げる気か!? 敵に背を向けるとは卑怯だぞ!!」

 そんな女の背中に向かって、またアレックスが余計なことを喚いていた。

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