第48話 出現
「あの扉から、なんとか出られないかしら」
私は後ろにある壁を見ながら呟いた。
前方には敵の大将、魔王(かどうかは怪しいが)がいるのである。やはり先へ進むには抵抗がある。
(そういえばさっきは鍵を探すのに夢中で、試していない方法がひとつあったわね)
正攻法で開けないのなら、力押しで壊せばいい。
先程は思い付かなかったのだが、精霊術であの扉を破壊することはできないのだろうか。
見るからに頑丈そうな扉ではある。私の術力では力が足りないかもしれないし、或いは何らかのトラップが仕掛けられているという可能性もある。
しかしここで敵を待つよりは、少しでも助かる可能性のあるほうを選びたい。
「私、ちょっとあの扉を破壊してくるわね」
近所へ遊びに行くような軽い口調で言って、私はその場を離れようとしたのだが。
「待て、エリス」
アレックスに突然腕を掴まれた。
「なによ」
なんだか、つい先程も同じように呼び止められたような気がする。アレックスからこのように呼び止められた場合には大抵、ロクな事を言ってはこない。それは既に学習済みだった。
「ようやく魔王を倒せる時が来たのだ。何故あの扉を破壊する必要がある?」
「魔王とか、私にとっては最初からどうでもいいことなのよ。早くここから脱出したいだけなんだから」
私は無理矢理、手を振り解こうとする。
アレックスの身体はまだ回復しておらず、どうやら剣を杖代わりにして不安定な状態で立っていたらしい。反動で簡単にバランスを崩し、私の上に倒れ込んできたのだ。
私も咄嗟のことだったので、鎧の重みを避けることができなかった。
気付けばアレックスの顔が息遣いも分かるほど近くにあり、思わず慌てて顔を横にずらした。
「ちょ……アレックス、重いんだけど。ていうか何処触ってんのよ、スケベ!」
「す、すすすまん……無論わざとではない。無論不可抗力なのだ」
「エリスさんも酷いですよ~、僕の上に倒れてくるなんて~」
「だって仕方ないじゃないの。そこにいるエドが悪いのよ」
「人のせいにするのは~人間として醜い行為ですよ~。その上息苦しいし~重すぎて~身動きも取れない~」
「悪かったわね。それに言っておくけど重いのは私の体重のせいじゃないし、アレックスの防具が原因なんだから、文句ならアレックスに言ってよね」
三人が折り重なるように倒れたままで色々言い合っていると、アレックスの背中に目映い閃光が走った。同時に衝撃が体中を伝わってくる。更に間を置かず、私たちの倒れているすぐ横でも爆発した。
驚いて首を巡らせると、爆発した床が燻るような音とともに、煙を立てながら抉られているのが見えた。その部分から焦げ臭いにおいもする。
私は何とかアレックスの身体を押し退け、ようやく身体を起こした。
「まさか精霊に選ばれた人間が、誠に居るとはな」
階段上から声が聞こえてきた。
暗がりの奥から現れた人物は女性である。
少しウェーブ掛かった腰までの流れるような黒髪で、目鼻立ちのはっきりとした美女。形の良い艶やかな唇の色と同様に真紅の瞳をしており、それが妖艶な雰囲気を一層際立たせていた。
人間でいえば年齢は、二十代後半から三十代全般といったところか。服も髪と同様に黒いもので、身体のラインを強調した露出度の高い、膝下まであるスリット入りの長いドレスのようなものを身に纏っている。右肩には先程リチャードと一緒に消えたものと同種類であろう、黒い目玉の魔物を携えていた。
容姿だけを見れば、人間である。しかしヒトでないのは一目瞭然だった。
角が生えていたのだ。頭の両サイドから捻れるような角が二本。しかも後ろには細長い尻尾のようなものも見える。
(あれが……魔王!?)




