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第45話 回復術

 本来『精霊の加護』は対魔族用として選ばれた英雄にのみ、精霊が与えた能力だという。


「どうやら精霊の加護を与えられた者は魔物の術を防御できるかわりに、人間が使用する術には効用しやすくなってしまうようなのだ。

『例えどのような弱術であっても致命傷を負う危険性がある』と、我が故郷に保管されている由緒正しき古文書にはそう記載されていた」

 ということは先程かけた私の弱い術も、アレックスにとっては命の危機だったということになる。


 だが。

 私にとってこの話はどうも眉唾というか、にわかには信じられないというか……要するに、全面的に信じ難い話だった。何よりアレックスの言う『由緒正しき古文書』というのが、完全に嘘くさい。


「それより君たち、俺はこの体勢のままでは少し苦しいのだが、そろそろ助け起こしてはくれないだろうか」

「あ…ああ、そうね。確かにこれは苦しいわね」


 アレックスの身体は未だに動かず、俯せのままである。私にも経験はあるが、これで長時間過ごすのは結構辛いのだ。

 私は助け起こそうと、彼の肩に手を掛けたのだが。


「そうだエド。あなた、回復術なんて使えないのかしら?」

「回復術っていうと~ 体力のほうですか~? 傷のほうですか~?」

「この際どっちでもいいわ。本当は両方できればありがたいんだけど」


 私は期待しないで訊いてみた。

 『回復術』は精霊術の中でも、高度な技である。しかも芸術士のような補助や間接系を中心とした、特殊な術士しか使えないのだ。


「僕にはまだ両方は無理なのですが~アブソープライフ(体力回復)なら~一応使えますよ~。但し~まだ修行中なので~ほんの少しの威力しかないんですけど~」

 これは意外な返答だった。修行中であるエドには、全く使えないのかと思っていたからだ。

「ほんの少しの威力って、どの程度?」

「外見からでは~回復しているようには見えないし~、かけられた本人も~回復した感じがしません~」

「………」


 確かにその程度の術なら、かけても無意味である。

 だがアレックスにはどうだろうか。


「私がかけた威力かなり弱めの術でも、アレックスには結構効いていたのよね。もしさっきの話が本当で、それだけでも致命傷を負いかねないというのなら、エドの全く役に立たない回復術でもかなり効くってことよね」

「全く役に立たないって~エリスさん酷いですぅ~。いくらなんでも~そうハッキリと言われたら~僕だって傷つきますよ~」

 エドは眉根を寄せて、私を恨めしそうな顔でじっと見ている。

 すっかり忘れていたが、エドは芸術士なのだ。芸術士をやっている者は、かなり繊細な心の持ち主が多いと聞く。


「ごめんごめん。口を滑らせて、ついうっかり本当のことを言っただけだから」

 私は誤魔化し笑いを浮かべつつ、慌ててフォローした。しかし何故かエドはまだ恨めしい顔つきで、こちらを見詰めたままだった。それにしても変なところで繊細な男である。


「もういいです~。エリスさんに悪気がないのは~分かってますから~。それじゃ僕~取り敢えずかけてみますね~」

 少し拗ねている様子のエドだったが、そう言うと弾いている楽器の曲調を変えた。


「我が守護者レイよ。汝の名の下に集いし輝きの時を我に与えたまえ。この大地を照らす癒しの陽光を心に保ち民の間へと…」

 エドがキーワードとなる言葉を唄い終えると、

「ん? おお…」

 アレックスが突然声を上げ、身体を揺らし始めた。


「アレックス、身体を動かせるようになったの?」

「うむ、少しだけだが。それに体中もキシキシと痛んできたな」

「感覚まで戻ってきてるのね。思ったよりも回復しているわ」


 間もなく唄を止めたエドも手伝い、私たちはアレックスをゆっくりと起こし始めた。肩を貸して起き上がらせるのだが、防具のせいか結構重かった。剣士たちはいつもこんな重い物を着込んでいるのか。

「君たち、すまんな。世話を掛ける」

 流石のアレックスも珍しく、しおらしいことを口にした。


「何言ってるんですか~。僕たちは仲間パーティじゃないですか~」

「そうよ。困ったときはお互い様じゃない」

 時には連携して助け合う。例えそれが一時的なパーティであっても、何ら変わりはないのだ。


 しかし。


「よしっ! では早速魔王退治に行くぞ!」

 起き上がると急に元気になったのか、アレックスはそんなことを言ってきた。なにが「よしっ!」なんだか。


「あんた、まだそんなことを言ってるの。その身体じゃ無理よ」

「これくらい問題ない。それに俺の根性パワーなら、なんとかなるレベルだしな」

 私は呆れて言葉も出なかった。「根性パワー」とは一体何なのだろうか。

 いや考えてみれば、アレックスが訳の分からないことを言うのはいつものことである。もしかしたら細かいことを気にするだけ、無駄なのかもしれない。


「大体アレックス、何でそんなに魔王に拘るのよ。何か恨みでもあるわけ?」

「恨みなどはない。ただ……」

 一瞬言葉が途切れる。


「これは『精霊の加護』を与えられた、英雄の宿命なのだ」


 その涼しげな瞳の奥に、再び熱い炎をたぎらせた。

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