第43話 疑念
「で、混乱していた時の記憶はないってわけね」
「うむ」
アレックスの身体は首から上以外は、相変わらず俯せのままで動かなかった。
滅茶苦茶に動き回ったり、壁などに全身を打ち付けていたりしたのだ。その上まともに当たっていないとはいえ、魔物からの攻撃も受けている。身体はとうに限界を向かえ、立つのでさえ困難だったはずである。
しかし一通りアレックスの身体を調べてみたところ、多少の打撲傷や切り傷はあったものの、致命的なダメージを負っている様子はなかった。
この程度で済んだのは恐らく、全身に剣士用の防具を纏っていたからかもしれない。もし私のような軽装備しか持たない者がこのような事態に陥ってしまったなら、ただでは済まなかっただろう。
「ところでアレックス、あなた本当に魔物じゃないのよね」
「無論だ」
人間にとって精霊石や術文は、術使用時に必要不可欠なものであるが、異種族である魔物には無用の長物だった。
しかし彼らが「人間のフリ」をする手段の一つとして、それらを利用することがあるのだという。
精霊石や術文というのは、術力自体がパワーアップするためのものではない。
元来ヒトの持つ「精神エネルギー」というものは、魔物のように精霊力を具現化できるほどの強い力はなかった。そのエネルギーを精霊石で増幅し、術文を介して一気に放出するわけである。
つまり「人間の精神エネルギー」を魔物レベルにまで引き上げるための、いわばエネルギー増幅補助装置のようなものなのだ。
魔物が石や術文に精神エネルギーを注ぎ込んでも、ヒトのように力は増幅できないのだが、石には属性の紋様が浮かび上がってくる程度の反応はあるらしい。
魔物はそれを利用して人間に化けるという。
もし術文が唱えられ、尚且つ精霊石にも反応するのであれば、その術士を『魔物』だと真っ先に疑う者はいないだろう。
だからといって、そこら辺にいる人間全てを疑っていたら切りがないし、他人を疑ってばかりというのも、あまり気持ちの良いものではない。
私もアレックスを疑いたくはなかったのだが、一応念のために訊いてみた。もっとも、訊かれて素直に「はい」と返事をするとは思えなかったが。
だが私の質問に即答した態度では、嘘を付いているようにも見えなかった。
「でも私、未だに信じられないのよね。術文も使わずに術を避けることができるなんて、人間として有り得ないわけよ。いくらあんたが非常識なヤツだとしてもさ」
「けど~僕もこの目で実際に~しっかりと見ましたよ~」
「そりゃそうなんだけど……そういえばアレックス、なんで魔物の術は効かないのに、エドの術には効いているわけ?」
「それは……話せば長くなるのだが」
「さっきもそのセリフ聞いたわよ。長くなってもいいから、今度こそ、ちゃんと説明しなさいよ」