第37話 英雄伝説
魔王伝説があるのなら、当然の如く英雄伝説もある。
その伝説では、魔王を倒したのは英雄だということになっていた。
魔王が放った剣を素手で受け止めたとか、放った術を一瞬ではじき返したとか、魔王が率いる軍勢を瞬時に一掃しただとか、どれもこれも魔王伝説と類似した話ばかりだった。
だが無論私は魔王伝説同様、そんな胡散臭い言い伝えを信じてはいない。
「アレックスさんて~実は凄い人だったのですねぇ~。そんな方とお知り合いになれて~光栄ですぅ~」
「はっはっはっ。しかしエド、俺が凄いわけではないぞ。全ては先祖の偉業から始まったのだからな」
呆気に取られて言葉が出ない私の横で、エドは尊敬の眼差しをアレックスに向けていた。
分厚い眼鏡で隠れていても分かるほどに熱い視線だった。アレックスのほうも元から高い鼻を更に高くして胸を反らし、実に爽やかな笑顔で返している。
(こっ、コイツら……)私は自分のこめかみが、ピクピクと痙攣するのを感じていた。
「成る程。やはりあなたは精霊の加護を受けた者。
聞くところによれば加護を受けた者には、我らの術が効かぬという」
……こっちはこっちで、勝手に話をしているし。
「確か話では、精霊の数だけ加護を受けた者がいたはず。
まさか一人で、わたくしたちに戦いを挑んではこないでしょう。
ともすればこの二人も……」
リチャードの細い目が、私たちを鋭く捉えた。
私は慌てて否定しようとしたのだが、寸前でその言葉を飲み込んでいた。
リチャードには私たちにも同じ能力があると思わせたほうが、いいような気がしたからだ。特に理由はないが、なんとなく勘である。
黙っている私たちを見た彼はそれを肯定と受け取ったのか、おもむろにニヤリと笑った。
「まあ、いいでしょう。
精霊に選ばれた人間が実際にいたというのが、これで証明されたようなものですから」
(精霊に選ばれた?)
どういう意味だろうか。
「今までサラ様のおっしゃられていたことが、半信半疑ではあったのですが……やはりわたくしはあの御方にお仕えして、正解だったようです」
リチャードは独り言を言いながら、再びシルクハットを上へ向けた。
「本当に精霊の加護を受けた者ならば、芽は育たぬうちに摘んでしまうのが得策でしょうしな」
ざわり……と、辺りの空気が変わったような気がした。障気が一瞬満ちたような、嫌な感じである。
「確かにあなたたちには、術攻撃が効かないかもしれませんね。しかしコレはどうですかな?」
シルクハットの中から複数の、小さな岩程度の塊が出てきた。
すうっと音もなく、ソレらは宙を滑るようにこちらへと近付いてくる。そして私たちの目の前に散らばっていた、スケルトン・キラーの残骸の中へと消えていった。
程なくしてそれらは震動し始めると、散らばっていた各パーツがあっという間に組み合わさっていく。
カタカタと音を鳴らしながら、再び起き上がってくるスケルトン・キラーたち。
「術攻撃は効かなくとも、物理攻撃なら有効だという話ですからね」
「む……貴様、それを知っていたのか」
さっきまで余裕をかましていたアレックスだったが、その言葉を聞いた途端に表情が険しくなった。