第35話 強敵?
第3章 出立
「ブタよね」
「ブタだな」
「ブタですぅ~」
その容姿はヒト族でいうなれば、家畜豚に酷似していた。
「ハッ、まさかあれが……魔王!?」
「そんなわけないでしょ」
大袈裟なリアクションで驚いているアレックスに対して、私は冷静に即答する。
「エリスさん~何故、そう断言できるのですか~?」
「当たり前でしょ。だって魔王なんているわけないもの。
例え百歩譲って『いる』と仮定したとしても、魔王がブタの容姿であるはずがないわ。
何故なら数ある魔王伝説の中で、魔王自身がブタだったという話は、少なくとも今まで一切聞いたことがないもの」
「それもそうですね~。そういえば~僕も魔王がブタだなんて~全く聞いたことないです~。もし魔王がブタだとしたら~僕の魔王に対してのイメージが崩れてしまい~戦う前から確実に戦意喪失ですけど~」
「確かに……仮に魔王がブタだというのであれば、俺たちの祖先はブタと死闘を繰り広げていた、ということになってしまう!」
「祖先が死闘していたかどうかは分からないけれど、私もブタとは戦いたくないわね」
「わたくしはこちらの管理を任されている、リチャードと申します」
ホールに良く響く声が、私たちの会話の中へと強引に割って入ってきた。ソレはシルクハットを脱ぐと、深々と丁寧にお辞儀をする。
私の知らない種族の魔物だ。身のこなしや気配から察するに、恐らくは中位クラスの者だろう。
私は以前一度だけだが、中位クラスに遭遇したことがあった。その時の魔物と雰囲気や気配などが、何となく似ているような感じがする。
「おや討伐隊の皆様、よく見れば三人しかおられないのですね。我が主、サラ様も舐められたものですな」
続けてそう言ったリチャードの言葉尻には、少し棘が感じられるような気がした。
中位クラスの魔物は下位クラスとは違い、プライドが高いと聞く。中には事前に討伐隊が来ることを知った上で、待ち伏せする者もいるようなのだ。中位クラスというのは、能力を誇示したがる傾向にあるらしい。
(もしかして、怒らせたかな)
私は内心焦りを感じていた。
無論相手が中位クラスであるならば、戦いたくないに決まっている。この場は逃れる術を見つけつつ、尚且つ穏便に平和的解決へと導きたい。
「あ、えーっと……その、私たちは討伐隊じゃなくて……」
「俺たちは魔王を倒しに来たのだ。そこを退いてもらおう!」
私の心中とは裏腹に、ビシッとリチャードに指を突きつけ、アレックスは堂々と声高に宣言した。
瞬間私は血の気が引き、頭を抱えこんでいた。これで完全に相手を怒らせてしまったかもしれない。
だが。
「……ほう。魔王様を、ですか」
リチャードの細い目が更に細くなっただけで、それ以上殺気が膨れあがる気配はしなかった。
「主様からは、どのような客人でもおもてなしせよと、仰せつかっておりますので」
顔に似合わず優雅に、ごく自然な動作で胸に携えていたシルクハットを上へ向けると、右手に持っていたステッキでそのツバを軽く二~三回叩いた。
するとシルクハットの中から真っ白な鳥が一羽、勢いよく飛び出してきた。
その鳥は最初小鳥ほどの大きさしかなかったが、上空を旋回している途中であっというまに巨大化していった。同時に顔も醜く変貌し、全身を覆っていた羽毛も白色から灰色へと変化している。
一体どのような仕掛けになっているのだろうか。恐らく何かの精霊術だとは思うのだが。
人間であれば精霊石に浮かび上がってくる紋様で見当もつくが、魔物はそれを使用しないため、時々属性の分からないものがある。特に中位クラスの魔物が使う術は、一見しただけでは皆目見当もつかない。
巨大な怪鳥が一声鳴く。釘でガラスを引っ掻いたような、思わず耳を覆いたくなる不快な鳴き声である。
それは大きく羽ばたくと、針のようなものをこちらへ向けて放ってきた。