第34話 閉まる扉
「あんたら、本当にこの先へ行くわけ?」
「無論だ。俺にはやるべき使命があるのだ」
「だからっ、その理由をちゃんと説明しなさいってのよ」
「それじゃぁ~皆さん、行きますよ~」
人の話を全く聞かず、そのまま勝手に階段を上ろうとしている二人を見た私は、とうとうブチ切れた。
「私はここで帰るから! もういい加減、付き合ってられないし」
くるりと二人に背を向ける。だが。
「待て、エリス」
その声に振り向けば、真剣な眼差しをしたアレックスの顔がすぐ近くにまで迫っていた。
「俺は君が欲しい」
真っ直ぐで濁りのない、碧色の綺麗な瞳に見詰められた私の鼓動が一瞬飛び跳ねる。
「君が必要だ。一緒に戦っているうちに、君とも呼吸が合ってきたところなのだ。これならば、魔王も楽に倒せるだろう」
「………」
私は徐々に自分の眉間に皺が寄っていくのを感じながら、アレックスを静かに見詰め返していた。
思わずドキッとしてしまったのは不覚である。全く紛らわしい。
「俺と君とのコンビネーション。そしてエドのサポートがあれば、俺たちは天下無敵だ!」
続けて高笑いをしながら腰に手を当て、あさっての方向へ勢いよく人差し指を突きつける。
アレックスとは先程のものも含め、二回くらいしか戦っていないはずだ。なのにこの自信、一体何処から来るのだろうか。コイツそのうち、絶対に身を滅ぼすぞ。
私は高笑いを続けているアレックスを横目で見ながら、逃げるなら今しかないと思い立ち、二人に気付かれないように出口のほうへ向かって移動していたのだが。
突然開いていた壁が、目の前で閉まったのである。
それは、あっという間のことだった。
開く時にはあんなに仰々しいくらいにゆっくりと開いていたはずだが、閉まる時はまるで滑りの良い格子戸が、一気に閉じるかのように速かった。
退路を断たれてしまった私は、閉まっている壁を呆然と見詰めるしかなかった。
「うむ。帰れなくなってしまったな」
「もう~戻れない~」
「! ちょっとあんたたち、ナニ呑気なこと言ってるのよ。このままだと本当に帰れないじゃないの」
ようやく我に返った私は壁を動かそうと力一杯押してみるが、案の定ビクともしなかった。両側からピッタリと重なっており、指の爪でさえも入る隙間がないのだ。
「そうですね~。でももしかしたら~残りのスケルトン・キラーが他にも~鍵を持っていたという~可能性も~、あるかもですぅ~」
エドの言葉で私は反射的に、足元に散らばっているその残骸を漁り始めた。
スケルトン・キラーというのは、元は人間の骨からできているという話だった。
中位クラス以上の魔物がそこに核を埋め込み、傀儡として使用しているのが一般的だと言われている。中にはペットを捨てるような感覚で、スケルトン・キラーを手放す魔物もいたりするわけだが。
しかし今回、ここに散らばっているモノたちはそのような『野良』スケルトン・キラーなどではなく、明らかに飼い主がいるはずだ。それを考えると、他にも鍵を持っている可能性は高い。
私は必死になって捜していたが、いくら捜しても先程使っていたカードのようなものは、その断片さえも全く見つからなかった。
「参ったわね」
私はとうとう観念して、地面に突っ伏していた。
「どうやら魔王を倒さねば、ここからは出られぬらしいな」
(まだ言ってるよ、この人は)
魔王のことはこの際どうでもいいが、中位クラス以上の魔物がこの先にいる可能性は確かにある。
しかしそれを倒したからといって、この壁が開くという保障は何処にもない。第一そのような魔物を、私たちだけで倒せるとは到底思えないのだ。
「討伐隊の皆様、ようこそお出で下さいました」
突然頭上から、エドに負けないくらいに良く通った声が聞こえてきた。飛び起きた私は、その主を見上げた。
ぱちんと、何かを鳴らすような音がその方向から聞こえてくる。と、四方の壁に取り付けてあった松明が一斉に灯った。
二階の暗がりからソレは前へ出てくる。
大きめなシルクハットに燕尾服。
ステッキ。
そして顔は、何処からどう見ても豚である。