第32話 魔物たちの動向
二人は指示通り、岩壁の隅の方へ身を寄せ合うようにして立っていた。私も背を向け、ピッタリと身体を付ける。
私は持っていた荷物をその場へ下ろすと、両掌を前に突き出した。
「これから私が透過系の術を使って、向こうからこちら側を見えなくするから。でもそれには、あなたたちの協力も必要なの。二人とも、自分の気配を消すことはできる?」
「無論」
「当然ですぅ~。僕は巡礼者ですけど~最低限、それくらいの修行は積んでいますから~」
「オーケー、安心したわ。それができないと隠れたことにならないのよね。人間ならともかく、相手は気配には敏感な魔物だから」
気配を消すには多少の集中力が必要だったが、それはある程度の修行経験で養えるものである。
「屈壁射光」
術を発動させた。私たちは透明な膜のようなものに包まれた。
これは光属性のもので、光の屈折を利用した術である。中へ入れば、外部からは発見されにくくなるのだ。
この術は平原のような広域的な場所では使うことができない。狭い空間や、四方を壁に囲まれているような場所でしか使用できないのである。
最大持続時間は私の場合、約半日程度だった。
この術を会得した当初は三十秒程しか持たなかったのだが、ここまで延ばせるようになったのは、修行の成果でもある。
術の持続時間というのは、術士の力量にも比例するのだ。鍛練を積んだ術士はその中で、自由に持続時間を調節することも可能なのである。
音がすぐ近くにまで迫ってきていた。
ケンタウロスの蹄の音。スケルトン・キラーの骨がぶつかり合う音。はっきりと聞こえてきていた。
程なくして魔物の姿も現れ出でる。
私はここで無意識のうちに、自分の息を止めていたことに気が付いた。
相手からはこちら側が見えないと分かっていた。が、こちらからは相手の姿がはっきりと見えているのだ。そのことが緊張感を更に高めさせていた。
「いないぞ、人間」
「声が聞こえた」
「何処へ行った?」
「向こうか?」
「カタカタカタ……」
「そうだ。戻るか」
「カタカタカタカタカタカタカタ……」
「では戻ろう」
ケンタウロスたちは口々にそう言うと、間もなく引き返していった。残ったのはスケルトン・キラー五~六体だけである。
にしても、ケンタウロスとスケルトン・キラー。
両者間で会話が成立していたような気もするが、気のせいだろうか。スケルトン・キラーなど私から見れば、ただ身体の骨を鳴らしていただけにしかすぎなかったのだが。
それとも魔物の間では、それで会話していることになるのか。全くの謎である。
私がその疑問に悩んでいる間にも、スケルトン・キラーは岩壁の一角へ、徐々に集まりつつあった。