第29話 例え敵でも
(あの募集の張り紙、やっぱりこの人だったのか)
『まおう退治に協力してくれる仲間、求ム!!』
カタトス町の掲示板で見かけた、読みづらい字で書かれたあの張り紙。
「それを僕が見つけて~僕も巡礼の旅の途中でしたし~丁度仲間も欲しかったところなので~」
エドも巡礼者だったのか。しかし普通であれば、そんな募集などには引っ掛からないはずだ。私は当然のごとく湧いた疑問をぶつけてみた。
「いくら仲間が欲しかったっていっても、魔王退治なんて依頼、怪しいとか思わなかったわけ?」
「もし本当に~魔王がいるとしたら~一度でも会ってみたいと思うのが、人間じゃないですか~。僕もこう見えて芸術士なので~今まで出会ったことのないモノで~最高傑作の作品を~創りたいと思ったのですぅ~」
平然とこんなことを言うエドから、私は無言で視線を逸らしていた。
最高傑作を創る前に、死ぬだろうがフツー。芸術士の考えていることは全く理解できない。
「しかし集まったのはエド一人のみ。やはり二人では心許ないということで、せめてあと一人くらいは仲間が欲しいと思っていたところだったのだ」
「そんなところへ、私がノコノコと現れたってわけね」
「うむ。まさかあのような場所で、精霊術士に出会えるとは思わなかった。俺としては精霊術士か聖剣士、或いは聖騎士などが来てくれれば……と思ってはいたのだが。まさかこれほど簡単に願いが叶うとはな」
しかし常識のある聖剣士や聖騎士などの上位ランクの術士であれば、そのような胡散臭い依頼なんかに乗るわけはないと思うのだが。
「でもねアレックス。例えこの世に本当の魔王がいたとしても、三人だけで倒せるわけないじゃないの」
「無論ある程度の人数がいるに越したことはない」
「いや、人数の問題だけじゃないんだけど」
もし魔王が伝説通りであるのなら、そのような輩に立ち向かうなど、どんなに人数を揃えていたとしても歯が立たないだろう。
ゴソ…と、地面で何かの音が聞こえてきた。
その方向を見ると一匹の魔物が、もぞもぞと動いている。術の効力が切れかかっているのかもしれない。
「やば…早く逃げなくちゃ」
「そうですねぇ~そろそろ時間かもしれません~」
「何呑気なことを言っているのよ。
そうだアレックス、今の内にこいつらにトドメを刺しなさいよ。そうすれば二度と起き上がることもないでしょ。
それとも私が刺したほうが早いのかな。全体は無理だけど動いていない奴らなら、私でも二~三匹程度をまとめて攻撃できるし……」
「待て、エリス」
私が前に出ようと足を踏み出しかけたとき、アレックスがいきなり私の腕を掴んだ。
「? どうしたの」
「ここは一先ず、この場を離れるべきだ」
いつになく神妙な顔つきで首を左右に、静かに振りながら言ってきた。
「どういうこと?」
私は訝しんで訊き返した。先程まで「逃げるのは醜態だ」とか「同じ過ちを~」とか、ほざいていたはずだが。
「無抵抗なモノを倒すなどという卑劣な行為、断じて俺にはできん。
弱きを助け、強きを挫く!
そんな俺の信条に反するのだ。例えそれが敵である、魔物だったとしてもな!」
また胸を張り、当然の如くキッパリと言い切った。
ああそうですかい。
あんた独自の信条とやらは、一体いくつあるっていうのよっ!!!
私は叫びそうになっていたが、そんなことをしてもこの男には効果がなさそうだったので止めた。なるべく無駄な体力を消耗したくはない。
「では先へ行くぞ」
「はぁ……」
やり場のない深い溜息を無理矢理吐き出しつつ、促されるままに移動する。
本当ならこのまま奥へは行きたくなかったのだが、アレックスのことである。彼自身が納得しない限り、魔王のことは諦めてくれそうにない。
「あれ、そういえばエドは?」
エドの姿が見えないことに気が付いた私は、辺りを見回した。
そんな私に対して、アレックスがスッと細い人差し指を暗がりへ向けた。
「エドは既に奥へと走っていったぞ」