第27話 エドの活躍
吟遊詩人は私のような精霊術士やアレックスの剣士とは違って、少し特殊な術を使う。私たちは直接攻撃が主だが、吟遊詩人は間接系の技が多いのだ。
パーティなどを組んでいる場合では、攻撃をしている私たちのサポート役をするのが彼らの主な役割となっている。その効果範囲は敵味方問わず、この場にいる全員に及ぼすことも可能だった。
こういった系統の技を使うのは他にダンサー(踊術士)やペインター(画術士)などもいるが、私たちはそれらをまとめて『芸術士』と呼んでいた。
エドの指先からは、今までとは明らかに曲調の違う旋律が流れてきた。
ゆったりと、さざ波が揺れているかのように静かに奏でられるメロディ。
エドの唇からはその旋律と調和した綺麗な歌声とともに、言葉が紡がれていく。
「母なる大樹に抱かれし者よ。隣人に静寂をもたらされし者よ。眠りにつきしこの地を彷徨う、我らを守護する者たちよ。安らぎを与えし、我らを導く偉大なる御霊レイ。汝の名の下に我らの声に耳を傾けよ。さすれば光明開かれん……」
弾いている楽器に埋め込まれていた精霊石が、紋様を浮かび上がらせながら鈍く光っていた。
取り囲んでいた魔物たちが、流れてきた旋律の影響でバタバタと倒れていっている。
私にはエドの唄っている詞の内容が、全く理解できなかった。一見何かの術文のようにも聞こえるのだが、もしかしたらそれ自体に意味はないとも考えられる。
吟遊詩人の技で最も大切なのは、全体的な歌詞の内容ではないらしい。この術を発動するのに必要なものはその旋律と、詞に含まれている『キーワード』となる単語だと聞いたことがある。
恐らくこれはスリープ(眠り)系の術だろう。
私はこのテの術士のことはあまり詳しく知らないが、これに必要な言葉は『静寂・安らぎ・レイ』といった言葉だと推測される。何故なら楽器に埋め込まれている精霊石がそれらの言葉を発したあたりで、呼応するかのように強い輝きを放っていたからだ。
因みに『レイ』というのは、光の精霊の名前である。
精霊にはそれぞれ呼称が付いているのだが、一般的に術中、使用属性の名を呼ぶことはない。しかし例外的に特殊な術士の場合、名を唱えないと発動しないものもあるようだ。
「取り敢えず~これでしばらくの間は~目覚めることはないはずですよぉ~」
周囲にいた全ての魔物が眠りに入ると、エドは術をかけるのを止めたようだ。
私はほっと胸を撫で下ろした。一応エドの機転でこの状況から脱することができたのだ。
「それじゃあ今のうちに、とっとと逃げないと」
と私は何気なく振り返ったのだが、そこで目に飛び込んできたものは。
「! あんたまで寝るなーっ!!」
ゴッ。
鈍い音とともに、アレックスが目を覚ます。
「?? 俺は一体……イタタ…」
アレックスは突然の出来事で状況が把握できず、頭と顔を押さえながら辺りを見回していた。鼻付近を押さえている指の隙間からは、赤い液体がポタポタと流れ落ちている。
彼は近くにあった岩石に凭れ、魔物と一緒に爆睡していたのだ。
その顔面に私は思わず、膝蹴りを放っていた。頭まで押さえていたのは、枕代わりにしていた石に後頭部を強打したからだった。
この系統の術は、下位クラス程度にしか効かないはずである。
人間は魔物の世界でいえば、中位クラス以上の存在。
つまりこのような術は、人間にもあまり効果はないはずだった。しかし極まれに、こういった術にかかってしまう人間もいるらしい。
そのことは以前から知っていた。が、この術でスヤスヤと幸せそうに眠っている者がいたら、迷わずクリティカルヒット級の蹴りを入れたくなるのも当然の行為であろう。
「おお! エドよ!」
アレックスはエドを見ると、いきなり大袈裟に両腕を振り上げた。
「素晴らしい演奏だった! 俺は猛烈に感動したぞ!!」
言うなり涙を流しながら、エドをそのまま強く抱き締めた。