第25話 魔王と理由
「は? 魔王?」
この吟遊詩人は一体、何を言っているのだろうか。
「実はこの洞窟に~本日討伐隊が~カタトス町から派遣されて来るらしいですよ~」
「討伐隊が?」
そういえば昨日入ったギルドの掲示板には、『魔物討伐隊参加者募集中』の張り紙があった。そこに書かれていた『東の森奥 魔の洞窟』とは、この場所のことだったのだろうか。
「それはきっとぉ~魔王を退治しに来るのですよ~。討伐隊が到着するのは~日が暮れてからなので~まだ来ていないはずですが~。そして僕たちは~それよりも早く退治しなくちゃ~ならないのです~」
「………」
(えぇっと?)
私は眉間を指先で軽く数回ほど叩きながら、ゆっくりと確かめるように訊いてみた。
「エド、もう一度訊くけど……どういうこと?」
「つまりは、そういうことなのですぅ~」
「だから、どういうことなのよ!?」
洞窟内に私の声が木霊する。思わず大きな声を出してしまった。言っている意味が全く理解できない。
「では、俺から説明しよう」
何事もなかったかのように真面目な表情をしたアレックスが、突然目の前に現れた。さっきまで地面で蹲るようにして悔しがっていたはずだが、いつの間にか復活したらしい。
「ここ数日間この界隈の町や村で、人間が数名ほど行方不明になっている。そこにどうやら魔物が絡んでいるらしいのだ」
「ふーん、よくある話ね」
私は興味なさそうな声を出した。
実際、珍しいことではない。恐らくこの辺りを徘徊している、下位クラスの魔物にでも襲われたのだろう。
「しかも絡んでいるのは魔王だ」
「……だから、いきなり何でそうなるのよ。魔王が人間をさらっているとでも言うわけ?」
「無論だ」
(ああ、また頭が痛くなってきた)
胸を張りながら自信に満ちあふれた解答をするアレックスに対して私は目を瞑り、額を抑えた。
「何れにせよ~下位クラス系の魔物が、この近辺に~集まってきていることは、確かなのですぅ~」
(それでギルドが動いたってわけね)
『魔王』云々の話は置いておくとして、討伐隊編成の真の理由はそこにあるのだろう。
しかし。
「で、何度も訊くようだけど、何でそこで魔王なんて言葉が出てくるわけ?
しかも何であなたたちが討伐隊よりも先に、ソレを退治しなくちゃいけないのよ」
「それは~アレックスさん個人の事情が、絡んでくるらしいのですぅ~」
「アレックスの事情?」
私は訝しがりながら、アレックスのほうに顔を向けた。彼は難しい顔をし、腕を組んで目を瞑っている。
「うむ。話せば長くなるのだが……」
その先をしばらく待つ。
が、いつまで経っても無言のままである。私はとうとう痺れを切らした。
「ちょっと何よ。もったいぶらないで、早く言いなさいよ」
私は目を閉じているアレックスの両肩を、ガクガクと強く揺さぶった。
(まさか、寝ちゃったんじゃないでしょうね)
立ったまま、それも話の途中で寝るなどベタすぎる展開だ。
しかし突然アレックスが目を見開いた。同時に剣を抜くと、私たちが通ってきた通路に向かって身構えだした。
「ヤツらが来たようだな」
「へ? やつら?」
さっきまでは気が付かなかったのだがアレックスの言葉で耳を澄ませてみると、複数の足音が通路の奥から聞こえてきたのである。