第20話 訳も分からないままに
私は突然のことで頭がパニックを起こし、真っ白になった。
青年の身体から包み込まれるような温もりを直に感じ、全身の血が上ってオーバーヒートしているかのようだった。
「よしっ! 精霊術士もゲットだっ!!」
いきなり叫んだ男は私の肩を抱くと、前方の木々から見える青空へ向かって、勢いよく人差し指を突き出した。取り敢えず目を凝らしてその方向を見てみるが、特に何の変哲もない青空が広がっているだけである。
「アレックスさん~、声が大きいですよぉ」
ポロロン、と楽器の音がする。
そういえばすっかり忘れていたが、もう一人いたのだ。
私はようやく正気を取り戻すと、慌てて男から身体を離した。
「ここは敵のアジトにぃ~、近いんじゃなかったでしたっけ~」
メロディに乗せるかのように、もう一人の男は喋りながら唄っている。
前髪を眉付近で真っ直ぐに切りそろえた、赤みがかったブラウン系の癖のない髪。目の色が判別できないほど度の強そうな丸い眼鏡を掛けている、私と同年代くらいの少し太めの男だった。
背は私よりも若干低めだ。小柄な体型のわりには服の上から羽織っている青いマントが、少し大きいようにも感じられた。
隙間から覗いている手には小型の竪琴が握られていた。先程から聞こえてくる音は、この楽器から奏でられていたものだろう。
格好は明らかに吟遊詩人だった。現に持っているハープには、精霊石が埋め込まれている。吟遊詩人の武器は楽器なのだ。
「おぉ! そうだった。すまん、すまん」
男は大袈裟に驚くと、吟遊詩人の肩をバンバンと強く叩いた。吟遊詩人は「痛いですぅ」と唄いながら、顔をしかめている。
美形のほうの格好を改めて見ると、どうやら剣士のようだった。服の上から上半身を覆う鎧(アーマー)を着ていたので、一発で分かる。
しかし私の目から見れば、地味で黒光りしている使い古された感じの鎧が、その男にはあまり似合っていないように思われた。
高級そうなシルバーの甲冑にマントを軽くなびかせ、白馬を自在に乗りこなしているような、そんな騎士様の服装のほうがよく似合いそうだ。もっともこれは、男の外見から私が勝手にイメージしているだけの話であるが。
「それより~、あなたは何故こんなところに~いるのですかぁ~?」
また唄いながら吟遊詩人は、私に尋ねてくる。しかしこの男、唄いながらでないと喋れないのだろうか。
「私はただ……この森を通って、カタトス町へ行く途中なんだけど」
「カタトス町って~、ここは東の森の奥深く~反対側ですよぉ~」
「えっ、そうなの?」
やはり私は最初の予想通り、森の奥に入り込んでしまったのだ。
「よしっ、では早速出発だっ!」
剣士は元気な声を出し、腰に手を当てながらまた空に向かって指を差す。このポーズ、何か意味があるのだろうか。
疑問に思いつつも、私は剣士に訊いてみた。
「出発って何処……て、ちょッ!?」
剣士は質問を最後まで聞かずに私の手を取ると、突然走り出したのである。
「エド、君も遅れずについてくるのだ!」
「アレックスさん~早いですぅ~」
慌てながらもエドと呼ばれた吟遊詩人は、しっかりとハープを鳴らしている。
私は訳も分からずに手を引っ張られていたが、しかし突然。
「このまま一気に乗り込むぞっ!」
「は?」
徐々に木々の切れ目から見えてきたモノは、雲にかかるほどの巨大な岩山がそびえ立つ光景だった。その真下には刳り抜かれてできたような穴が一つ、大きな口を開けて待っていた。
その前には魔物が二匹いた。昨日のケンタウロスたちの仲間だ。私たちは真っ直ぐそこに向かっていたのだ。
当然魔物は私たちに気付く。
しかし剣士はそれでも走るのを止めなかった。そしてそのまま握っていた手を放すと、腰に差していた長剣(ロングソード)を引き抜きながら、魔物にそのまま突っ込んでいったのである。