第2話 ギルド
中へ入ると、ギルド内には数人ほどの客がいるだけだった。大きな町のわりにはあまり混雑している様子はない。多分、時間帯にもよるのだろう。
室内は思ったよりも広くはなかった。中央付近には長椅子が背を合わせるように二つ並んでおり、二~三人の人間が各々座ってくつろいでいた。両脇には人の背丈ほどの常緑性植物も植木として置かれていた。
奥壁にある掲示板には、数枚程度の小さな紙切れが乱雑に貼り付けられている。隣にある受付カウンターには事務職員風で頭の薄い、年配の小さなオジさんが退屈そうに新聞を広げながら座っていた。
見渡してみればハイゼン村と似たような光景である。
私は他町のギルドにはあまり行ったことがないし、この町へ寄るのも初めてだった。もしかしたらギルドという場所は、何処の町でも似たような造りになっているのかもしれない。
『ギルド』とは、王国が統轄している直属の機関で、旅人のための休憩場所として各市町村に設置されている施設のことだ。しかも格安な上に旅人ではなくても使用できるというので、一般的にも広く利用されていた。
宿屋とは違い泊まることはできなかったが、浴室や軽食、娯楽室などの設備も完備されているので、大抵の者は必ずここを訪れる。
それは商人だったり、私のように修行中の術士だったり、あるいは傭兵を生業としている者だったり。
私は今すぐにでも掲示板へ向かいたかったのだが、それより身体の汚れを落とすのが先だった。
こう見えても私はまだ、花も恥じらう十七歳の乙女である。
こんなにも汚れてしまっている自分の外見が、どうしても許せなかったのだ。
私は速攻で浴室に向かうべく、受付に設置されている料金箱へ小銭を落としながらオジさんの目の前を素通りしようとした。
だがそこで不意に呼び止められる。
「あんた、精霊術士かい?」
オジさんは読んでいる新聞から目を離すと、値踏みするように私をじっと見詰めていた。
「ええ、そうよ」
私は少し戸惑い気味に無い胸(自覚あり)を精一杯張って答えた。
上半身は薄手の綿でできた服の上から胸当て程度の軽い防具を装着し、下はデニム地のパンツ、靴は革製のブーツだ。更に黒くて地味な膝丈まであるローブが、上からそれらを包み込んでいる。
両手首には、赤紫色に鈍く光っている精霊石を埋め込んだブレスレットを付けており、私の格好は何処をどう見ても精霊術士である。
それなのにこの公務員のオジさんは、私に改めて聞いてきたのだ。或いは小娘だと思って馬鹿にしているのかもしれない。
「あんた、かなり汚れてるじゃないか。それに何か臭うぞ」
「! にお……」
この言葉は乙女にとっては禁止用語であるが、私は本当のことが言えなかった。
ここに来る途中で付近にあったドブにスッポリと嵌ってしまったことなど、言えるはずもないだろう。
そんなわけで、私は辛うじて冷静さを装ってみた。
「ま……まぁ、その……途中、いろいろあったからね」
「別にどうでもいいが、部屋だけは汚さないでくれよ」
オジさんは手に持っていた新聞に再び目を落としながら、私に釘を刺してくるのだった。