第17話 宣言
「私、修行の旅に出るから!」
まだ生々しく魔物の爪跡が消えずに残っている村で、私は父にこう宣言した。
家は玄関が壊され、中は滅茶苦茶に荒らされていた。壁にはヒビなども入れられ、一部壊されている箇所もある。
ヴォーウルフが入り込んだのだ。
外にも戦闘の痕跡があり、破壊された建物や折れた大木、焼け焦げた地面などもそのまま残されていた。どうやらヴォーウルフたちは、目的地と距離があることなど一切関係なく、方々で暴れていたらしい。
だがこれでも私の家など、まだマシなほうだった。
グランドおじさんの所では、家が半焼していたのである。
ハンナおばさんは、おじさん自身がこの近辺で戦闘していたことを知ると「自分の家を燃やすなんて!」とカンカンに怒っていたが、おじさんは全く意に介さず、涼しい顔をして黙々と屋根の修理を続けていた。
「エリス、その釘を取ってくれ」
玄関戸を修理していた父に言われるまま、私は反射的に目の前の釘に手を伸ばした。それを受け取った父は無言で横を向くと、修理を再開する。
が。
「父さん! ちゃんと真面目に聞いてよ。私、真剣なんだからねっ!」
父は抗議した私を一瞥しただけで、すぐにまた釘を打ち始めた。私は父のそんな態度に当然腹を立てる。
「ちょっと父さん! 私の話、ちゃんと聞いてるの!?」
「聞いている。だから耳元で喚くな!」
迷惑そうな顔をしながら、父はようやく私のほうに向き直った。
「あのな、今はそれどころじゃないだろう? ここを直すのが先だ。
話ならその後でゆっくり聞いてやるから、お前もソーマを見習って家中の片付けでもしていろ」
……逆に怒られてしまった。
それから四~五日程経ち、家の修理がほぼ完了した頃になって、ようやく話を切り出すことができたのだが。
「ふーん」
父は新聞を読み、お茶を啜りながらその一言を言っただけだった。
しばしの沈黙。
「やっぱり父さん、絶対に私の話を真剣に聞いてないでしょ」
怒る気も失せる。
「別に聞いてないわけじゃないさ」
父は新聞を折りたたみながら、ここで初めて私に顔を向けた。
「お前が精霊術士になりたいと言った時から、いつかはそんなことを言い出すんじゃないかと思っていたしな」
「じゃあ、なんで返事をしてくれないの? 旅に出て良いのか悪いのか、それだけでも言ってよ」
「お前はどうなんだ?」
「? どう……って?」
逆に聞かれ、私は戸惑った。
「お前は今すぐにでも、旅に出たいのか?」
「今すぐに?」
本当ならば、すぐにでも出発したいところだった。
しかし私はあの時に痛感していた。
魔物を倒せなかった事実とあの二人の戦いを見た時に、今の実力では旅に出たところで、徘徊する下位クラスの魔物とさえも、まともに戦うことなどできないだろうと。
「今すぐに……なんて言わない。だって私が今出て行っても、多分魔物と戦えないだろうし。
だからもう少しここで修行して、父さんが認めてくれるようになったら旅に出る。
そのためには、今よりもっと強くなりたい」
「そうか。お前は自分の実力を、分かっているわけだな?」
「そうよ。口惜しいけど今の私の力じゃ、世の中で通用しないわ」
吐き捨てるように言った私を、父はしばらく無言で見詰めていたが、ふいに口元を緩めた。
「なら半年だ」
「え?」
「半年間で、みっちり鍛えてやる。
父さんでは最低限のことしか教えてやれないが、それでも今以上に厳しい特訓になるからな。覚悟しておけよ」
それが半年前のことである。




