第16話 突破
私は覚悟を決めていた。選択の余地はない。
これはもう、一か八かだ。
「烈風天駆!」
私は足元にある、落ち葉の山に向かって風を起こした。
洗濯物を乾燥させる時より、何十倍もの出力を術に注ぎ込む。放出する精神エネルギーの調整で、力は制御できるのだ。
落ち葉は大風に煽られ、一斉に舞い上がった。
それとともに、辺り一面吹き荒れる強風で視界も遮られ、ケンタウロスたちはこちらへ近づけないでいた。
私はここで突然、術を解いた。
風が急に止むと、舞い上がっていた大量の落ち葉が空から降りしきる雪のように、地面へ静かに落ちていく。
「! いないっ!?」
「何処だ!??」
ケンタウロスたちは慌てて辺りを見回し、灯りを操りながら私の姿を捜していた。
「消えた!?」
「いないぞ!」
「何処へ消えた?」
「捜せ! 殺せ!」
再びこの号令で、一斉に散っていく。
私はその様子を、息を潜めながらじっと見ていた。
一体、どれほどの時間が過ぎただろうか。辺りは静まり返っている。
(もう、大丈夫なのかな)
私は枝葉の隙間から慎重に、そっと下を覗き込んだ。
近くに気配はない。灯りも見えない。
だが、いつまた戻ってくるかは分からなかったため、油断はできなかった。
私は今、木の上にいた。
落ち葉と風でケンタウロスたちの視界を遮っている間に、素早く近くの木へ登ったのだ。
それはほんの、僅かな時間だった。
私は自慢するわけではないが、木登りは子供の頃から得意なほうである。村中でも一番上手かったのだ。近所の子たちから「木登りエッちゃん」の呼び名で親しまれていたのは、伊達ではない。
しかもこの木にはまだ葉も生い茂っており、隠れるには打って付けの場所だった。
勿論見つかったら今度こそ、一巻の終わりである。
しかしケンタウロスは木に登ることができないと聞いたことがあるので、見つかる可能性はかなり低いはずだ。何故なら、木登りをしないモノが『木に登る』という行為自体を、容易には発想できないからである。
私は取り敢えず、朝まではここへ隠れることにした。
この場所も全く危険がないわけではなかったが、夜道を移動するよりは安全である。魔物のほうが人間の数倍も夜目はきくのだ。
私はふと、天を仰ぎ見た。
星々の輝きが見える。
こんな満天の星空を眺めたのは、何年ぶりであろうか。
そうだ、確か父とソーマと三人で行った村祭り。その帰り道に丘の上で、ソーマが丁度流星群を見つけたのがこんな空だった。
(あの時にソーマったら、ずっと上を向いていたせいで、次の日には首が下がらなくなっちゃってたのよね。二~三日くらい、動かす度に痛がってたっけ)
私はその時のことを思い出してしまい、クスリと笑った。
(みんな、どうしてるかなぁ。父さん、ソーマ……)
「あ、あれ?」
急に視界が曇ってきた。
まだ旅立って一週間しか経っていないというのに、もうホームシックになってしまったのだろうか。それとも、さっき見た夢のせいか。
(駄目よね、今からこんなんじゃ。しっかりしなきゃ!)
私は手で目を強く擦りながら、心の中で自分を叱咤した。
まだ旅は、始まったばかりである。