第11話 父の仕事
「最初はどこからにするか。頭か? 足か?」
ヴォーウルフの呟き声が聞こえてきた。どうやら最初に食べる部分について、思案しているらしい。
恐らくヴォーウルフには私の首をへし折るなど、容易いことだろう。
この隙になんとか脱出方法を考えなくてはいけないが、声を出すことができなければ術文も唱えられず、精霊術を使うことが出来なかった。
「火炎激槍!」
その声とともに首を絞めていた手が外れ、私はそのまま地面へと投げ出された。
さっきまで絞められていた箇所が急に緩んだためか、一気に空気が気管へと流れ込み、激しく咳き込んだ。苦しかったが起き上がって見てみると、炎の槍に貫かれたヴォーウルフの身体が、燃えながら地面に突き刺さっていた。
勿論、術を放ったのは私ではない。
「エリス!!」
私の名を呼び、大きな建物の中から父がこちらへ駆け付けてきた。
「大丈夫か!?」
「う……うん」
まだ咳は止まらなかったが、なんとか返事ができるくらいには治まってきたようだ。
「それより何でお前がここにいるんだ! ちゃんと避難しろと、言っておいたはずだろう!?」
「だって……家の近くで火が見えたから、それで心配になって……そしたら何故かこんな場所に出ちゃって……」
私が苦しい言い訳を言うと、父は途端に呆れたような顔をした。
「お前……また迷子になったのか」
「迷子って私、もうそんな年齢じゃないわよ」
ただ、家の方角を探していただけである。
「ソーマはどうしたんだ? 一緒に避難したんじゃなかったのか?」
「避難所でハンナおばさんに会ったから、預けてきた」
「ったく、お前という奴は……!」
「だって家が燃えるの、嫌だったんだもん」
私は口を尖らせた。父たちと一緒に戦えないのなら、せめて自分の家くらいは守りたかったのだ。
「家が燃えたらまた、新しく建て直せば良いだけのことだ。だがお前は違うだろ?
お前の命はこの世でたった一人、掛け替えのない大切なものなんだぞ。それを忘れるな」
父が続けて私に説教をしようと口を開きかけた時、
「ウィルテルさん、今の音は……」
最初に父が出てきた建物の影から、もう一人現れた。
私よりは若干年上か、二十代半ば程には見える男性だった。軽装備ではあったが大剣(グレートソード)を肩に担いでいるところから、剣士であることは一目で分かる。
日焼けしていて程良く筋肉のついている引き締まった身体に、隙のない鋭い眼差し。無造作に伸びた長い黒髪をバンダナで留め、全体的にワイルドな雰囲気も醸し出していた。
「一匹、我々の予想よりも早くここに到着したヤツがいたのでね」
父は近付いてきた剣士に向かってそう言うと、足元で黒こげになっているヴォーウルフを一瞥した。
「もう最初のヤツが来たのか。だとしたらそろそろ……」
「そうだ。すぐ近くにいる」
「ところで、その女の子は誰です?」
剣士はここで私に気付くと、父に尋ねてきた。
「俺の娘だ」
「それが、なんでここに?」
「まぁ……その、いろいろあって、ここまで来てしまったようなんだが……」
父は何故か言葉を濁しつつ、答えた。
「ともかく、エリスはここに隠れていろ。いいな!」
「? うん」
私は父に促されるまま、大きな建物の中へと入っていった。




