第10話 初めての戦い
私は急いで自宅に向かっていた。
……はずだったのだが。
「あれ?」
立ち止まり、辺りを見回した。
この近辺はまだ戦闘区域にはなっていないのか、町並みが保たれたままだった。目の前には周囲の民家と比べると、一際大きな見覚えのある建物が建っている。勿論、人気などは全くない。
「あれ、ええと……うーん?」
私はこの二股になっている分かれ道で立ち往生していた。
「ウチって、どっち方向だっけ??」
呟いた途端、脇に続いていた塀が大きな爆発音とともに、目の前で砕け散った。私はその音にビックリして、その場で思わず尻餅をついた。
「ここだ、ここだ。食いモンは。オレが一番のりだ」
その崩れた場所からひょっこり顔を出したのは、全身毛むくじゃらで大きな耳をしたオオカミ男。ヴォーウルフだ。
「おンや? 人間だ。コイツ、他のよりうまそう」
ヴォーウルフは見上げる私に気付くと、大きな口から鋭い牙を覗かせてニヤリと笑った。そして見るからに粘りのありそうな半透明の液体を、隙間から滴り落としている。
(ゲッ。キモ……)
ヴォーウルフもそうだが、私は魔物をあまり間近で見たことはない。しかし改めて見てみるとどうやら私には、生理的に受け付けないものらしい。
ヴォーウルフは自身が崩した塀を、大きな身体のわりには軽々と跳び越えてきた。同時に鋭い爪をこちらへ繰り出してくる。
私はすぐ我に返り、二、三歩後退してそれをかわすと、素早く体勢を立て直した。
「火炎砲弾」
ヴォーウルフに向かって手をかざし、力ある言葉を発する。
私が放った火の弾数発は、ヴォーウルフに当たると爆発した。にもかかわらず爪を振りかざし、尚もこちらへ接近してくる。
私は間合いを保ちつつ、さっきと同じように術を数発放った。
接近戦ではこちらが不利だ。精霊術は接近戦にはあまり向かない術である。
(コイツ、なんて頑丈なんだ)
術がまともに当たっているはずなのだが、敵はなかなかしぶとく倒れそうにない。
とはいえ確実に少しずつだが、ダメージは与えられているようだ。全身焼け焦げ、こちらへ向かってくるスピードも落ちてきている。
所詮は下位クラスの魔物である。それもヴォーウルフ一匹程度なら、私でさえも十分に倒せるはずだ。このままいけば、こちらが負けることはないだろう。
「お前、めんどうくさい」
続けて振り上げた爪の先には、光るものが見えた。
「!?」
私は異変を察知し、考えるよりも先に身体が動いていた。
だがヴォーウルフは、私が言葉を発する前に爪を振り下ろす。その軌道を描いた光が刃となり、速度を上げて私に向かってきた。
「神風護壁!」
私の発動のほうが一瞬早かった。光が当たる寸前で、防御術が完成したのである。
刃は防御壁に当たると、塀や近くの民家を切り裂きながら飛んでいった。もし術が間に合わなければ、私もあのようになっていたところだ。
しかし直接当たっていない私でも、その反動に押されて背後へ吹き飛ばされていた。仰向けで地面へ倒れてしまい、すぐに起き上がろうとしたのだが。
「!? く……っ」
いつの間にかヴォーウルフに正面から喉元を掴まれ、身体ごと宙づりにされていた。
身動きが全く取れず、藻掻く度に尖った鋭い爪が首に食い込んできて痛い。喉も締め付けられ、息もできなかった。
「やっぱり、うまそうだ」
その声に薄目を開けてみると、ヴォーウルフが間近で私を見上げ、ヨダレを垂らしながら舌なめずりをしていた。魚の腐ったような生臭い息も吐き出している。
(だから、マジでキモいんだっつーのっ!)
首を絞められ声の出せない私は、心の中で悲鳴を上げた。