かくして地獄の使者は……
大まかに言うとⅡ部構成で考えてます……
厳しい冬が終わった。
雪が溶け大地に春が訪れてから、数か月が経った。
しかし、ランドレンは夏を迎えようとしながらも、未だ冬の肌を刺すような寒さを思わせる緊張感を保っていた。
ランドレン国内で反乱が起きたのである。
その内容は貴族が統率する軍と平民たちにより組織された軍の、二軍による戦いだ。
貴族軍が頭に置くのは、もちろん現国王であるリュイドラ・ルド・アーイストングだ。片や平民軍を率いているのは、先王の息子だと言われるクラウディウス・エシル・ロドア。
先王の息子が生きていると人々に知れ渡った時、国は震撼した。
国民の多くはその報せに歓喜し、決起した。北部領を拠点に、彼らは、簒奪者リュイドラ・ルド・アーイストングを討伐するため、王都を一直線に目指していた。
一方貴族は先王の息子が生きているという事実に驚きはしたものの、平民が貴族である自分たちに戦いを挑んできたことに激しく立腹し、平民たちを力で抑えようと貴族たちは反乱の報を受けてからすぐに彼らを討ちに向かった。
なぜなら貴族たちは、この戦いは自分たちの勝利で終わると確信していたからである。
リュイドラの指示を受け、臣下たちは技術大国のメリュイーから最新の機械兵器を輸入し、戦大国である鉄国からは高性能の武器を数々購入した。
平民たちは、武器に限りがある。しかし、自分たちには国という大きな窓があり、金が尽きない限りいくらでも物資を補給することができる。
そう思っていた。
しかし、彼ら貴族軍にとって思わぬ事態が起こる。
ある人物の出現によって。
北領内、月輪の街エリューシカ。
数日前、戦線が張られてから貴族軍とクラウディウスを頭に置く平民軍の睨み合いが続いていた。
数は街に立て込む平民軍の方が有利であったが、貴族軍にはメリュイーから輸入された、機械人形が配備されていた。出れば、機械人形や戦車の一斉攻撃を受ける可能性がある。
そのため平民軍は、なかなか街内から出ることがかなわなかったのだ。
一方で貴族軍は人数的には平民軍にかなり劣るものの、機械兵器や戦車を戦闘に出すことによって戦闘力の均衡をとっていた。しかし、別の場所で起きた戦いによってこの地に運ばれてくるはずだった物資が奪われたため、物資の到着を待つこととなった。
故に両者睨み合いのまま、数日が過ぎたのだった。
そしてさらにその二日後。ついに貴族軍が動きを見せた。
物資が到着し、戦闘の準備が整ったのだ。
「貴族軍が進軍し始めたぞ!!」
見張りの男が叫ぶ。
「全員持ち場につけ! 奴らを街に入れるな!」
リーダー格と思しき男が大声を張り上げ指示を出した。
「ローウェン、全員にジェイドたちが機械兵器を何とかするまで持ちこたえてくれと伝えてくれ」
「はい、アルドさん」
まだ歳の若い金髪の青年が銃を抱えたまま頷き、戦場へと走って行った。
「さて、俺たちは何としてもここを死守するぞ。そのためにも、戦闘を長引かせて貴族軍をなるべくこちらに引きつけておく。行くぞ」
アルドの言葉に頷いた男たちは、彼と共にローウェンたちがいる戦場へと向かった。
「……戦闘で人数が減っていると思ってりゃあ、機械兵器と貴族士官や兵士の連中がまだだいぶ残ってるじゃねえか……」
ヴァンは森の茂みに身を隠しながら呟いた。
「だが、目的はあの戦艦にあるはずの機械兵器や人型機械のコントロールパネルだ。ここにいる全員と戦うわけではない」
ジェイドが声を潜めて呟く。
「だけど、あれだけ人数いて俺たちだけで任務を完了することなんてできるのか?」
「……できる、できないでは無くてやるしかない。それに、俺たち四人だけじゃない」
「……まあ、そうだけど」
「彼も力を貸してくれるさ」
三人は背後を振り返る。
しかし、そこにいるはずの彼の姿は無い。
「……て、奴はどこいった、ふごぉ」
思わず大声を上げそうになったヴァンの口をジェイドが押さえる。
「ヴァン、声が大きい」
「ジェイド、もしかして……」
アレイドの言葉に、ジェイドは先に見える戦艦を見つめた。
「まさか……」
驚愕に息を呑むジェイドの予想は、完全に当たっていた。
見張りの兵士たちに見つからないように貴族軍本陣の中央に位置する戦艦へと、単独で近づいたヘル・ザ・ブラックは、戦艦内部へ侵入すべく、入り口を探していた。
(見張りの兵士が二人に、人型機械人形が一体か……)
ヘル・ザ・ブラックは懐から小さな銀の短剣を二本取りだした。
そして、背後から心臓のあたりを狙いを定め短剣を二人の兵士目がけて投擲した。
兵士二人が小さなうめき声を上げ倒れる。
『侵入者……侵入』
短剣を投げてすぐ、ヘル・ザ・ブラックは人型機械目がけて駆ける。
双剣が唸り、人型機械の頭が飛び、胴を切り裂く。
回路が切断された人型機械は、機械屑となり果てその場に倒れる。
(入口は、どこだ……?)
正面上方に、扉が見えた。おそらくあそこが入口だろうと見当をつけたヘル・ザ・ブラックは、兵士たちに見つからないよう、その場へ行き慎重に扉を開けた。
(まずは、戦艦内部の構造を知るのが先決か……)
戦艦内に侵入したヘル・ザ・ブラックは、すぐさま次の行動に移った。
(どこかに制御室があるはずだが……)
戦艦内を詮索していたヘル・ザ・ブラックは、人の話し声に動きを止め身を潜める。
近くの扉から二人の兵士が出てきた。
戦闘中であるというのに、その二人の兵士は笑顔で雑談に花を咲かせていた。
(……大方、大貴族の息子というところか……)
ヘル・ザ・ブラックは兵士たちが離れて行ったのを確認すると、通路に誰もいないのを確認し、戦艦内部の情報を得るため彼らがたった今出て行ったばかりの部屋へと静かに潜入した。
「……!」
ヘル・ザ・ブラックは室内を見回し、視界の端で何かが動いたのに気付き、銃口を向けた。
「何だ? 出て行った直後に戻ってきて。忘れ物か? ……っと」
ベッドから起きあがった男が、銃口を向けられていたのに気付き、両手を上げる。
「……」
無言でトリガーを引こうとしたヘル・ザ・ブラックを、男が慌てて止める。
「わわわわ、ちょっと待て、落ちつけ、落ちつけよ」
「動くな」
銃口を近づけられた金茶の髪をした男は元の体勢に戻った。
「わかったよ。このままでいるから話を聞いてくれ」
「……」
無言を了承と判断して、男は勝手に話を進め始めた。
「俺の名前は、レイノル・ルタ・エリオード。あんたは? もしかしなくても、平民軍の人間だろ? 頼むからさ、誰に殺されたかも分からずに死にたくないから、名前教えてくれないか」
「……ヘル・ザ・ブラック」
答える必要はなかったが、殺すにしろしないにしろ、すでに誰もが知っている名前であるので、隠す必要はない。
レイノルは、その名にやや目を開き口笛を吹いた。
「へえ、あんたがヘル・ザ・ブラックか。面を取って顔を見せてくれないか? ……ってだめか。こういうのは顔見せないのが決まりだしな」
レイノルの物言いはやけに軽く、あまり貴族らしくない。
「――――で、あんたはこれから俺を殺すんだろ?」
レイノルの目が光る。
「あんたは、貴族をたくさん殺してるよね。まあ、仮にも俺は一応貴族なんだし? だったら、あんたが殺す対象の一人には入ってるでしょ? それに俺をここで逃がしたら、侵入がばれちゃうだろうしね」
両手を上げたまま、レイノルは肩をすくめた。
「本当は死にたくないんだけど、今、俺丸腰だし? どうにもできないし。あー、なるべくなら一発でやってくれるか? あんまり苦しみながら死にたくはないんだよ、俺」
今まさに死のうとしている人間の言葉とは思えないほど、口調は明るい。
一気に毒気の抜かれたヘル・ザ・ブラックは銃口を下げた。
しかし、いつでも反応できるように、レイノルの動きには細心の注意を払って。
両手を下ろしたレイノルは、意外そうにヘル・ザ・ブラックを見た。
「あれ? 傾向からして貴族はみんな皆殺しにするのかと思ってたんだが。それとも、ただ単に気が変わって助けてくれたのか?」
「……」
「……まあ、いいや。あー、でもあんたが俺を助けてくれたのはいいんだけど、このまま解放されても、俺たぶん結局処刑されるんだろうな。ヘル・ザ・ブラックと出会ったくせに殺さなかったとは、って上流貴族の連中に。あー、やだやだ」
体を半分扉の方へと向けかけていたヘル・ザ・ブラックは、顔をレイノルの方へと向けた。
「ん? だって俺下流貴族の上に元は平民だからな。そんなにみんなから尊ばれてないわけ。だから、何か問題を起こせば一発で、こう」
レイノルは片手で首を斬る振りをした。
「あ、そうだ」
レイノルは両手を叩き、目を輝かせた。
ヘル・ザ・ブラックは、その動作に何か嫌な予感を覚えた。
「なあ、あんた、俺を連れてってくれないか。この戦艦に潜入したってことは、何か目的があるんだろう? 俺この戦艦の乗組員だしさ、役に立つけど?」
今の自分にとってはこれとない申し出ではあるが、彼の同行を許すということは、自分を殺す機会を与え、平民軍に潜入しスパイ行為を行うかもしれないという危険性をはらんでいる。
自分は、誰にも素顔をさらしていない上、彼らが自分をヘル・ザ・ブラックと認識しているのはこの面や格好があるからだ。自分が殺害され、全てを奪われたとき、変装した貴族軍の人間が潜入しないとも限らない。
ヘル・ザ・ブラックが軽く俯いて躊躇していると、戦艦が揺れた。近くで戦車の発砲音が聞こえる。
「戦艦が動き始めたか……ここまで近づいてきたのか……あーあ、これで平民軍の連中、負けだな…」
ヘル・ザ・ブラックは顔を上げてレイノルを見る。
「あー、だってこの戦艦内の射程距離に入るからな。元々貴族軍は一気に戦いを終わらせたかったらしいし。だから、最前線にも、人型機械が多く出てるわけ。ほら、兵士そんなにいなかっただろ? まあ、兵士がまったくいないってのは不自然で相手に悟られる可能性があるからってことで、下級貴族出の兵士たちは戦ってるんだけどな。……要するに、捨て駒ってことだ」
「……」
「――で、あんたは俺を連れて行ってくれるのか? くれないのか?」
見上げられたヘル・ザ・ブラックは決断を迫られる。
時間がない。早く人型機械のコントロールパネルを入手し、戦艦を止めなければならない。こんなところで足止めをくっている場合ではない。
彼の決断は決まった。
「……いいだろう。ただし、今からお前には全てにおいて私の指示に従ってもらう。勝手な行動をした場合にはその場で殺す」
レイノルは立ちあがり、頷く。
「――ああ、わかったよ」
こうして、ヘル・ザ・ブラックは敵の本拠地で、一時的な仲間を得ることとなったのだった。
新キャラ登場。
さて、この後どうなっていくやら。
更新不定期です。そこのところご理解お願いします。