恐怖に満ちる……
二冠搭に到着したラヴカはすぐさまナウルが派遣した兵士と合流した。
「何があった?」
ラヴカの気迫に圧された兵士が狼狽しつつ答える。
「はい……それが……二冠搭長であるレストファ様が、例の暗殺者に殺害された模様で……」
「二冠搭にいた他の者たちは?」
「それが、……妙なのです。レストファ様を殺害した何者かは、ここの兵士や給仕係全員を気絶させただけで殺してはいなかったのです。これだけの腕なのですから、殺そうと思えば殺せたはずなのに」
「……そうか。暗殺者にその部分だけは感謝しないとな。……で、レストファの遺体は?」
「こちらです」
兵士の後にラヴカとナウルが続く。
「これは……」
惨状にナウルが息を呑む。
「異変に気付いて部屋から出てやられたか……銃で頭を撃たれて即死か」
ラヴカが屈みこんでレストファの遺体を観察しながら呟く。
「ラヴカ様……あれを」
ナウルの言葉にラヴカは顔を上げ、示された方向を見る。
踊り場の壁に血文字で言葉が書かれていた。
『私の名は、ヘル・ザ・ブラック。地獄からの使者だ。血は血で贖うもの。ならば私もそうすべきなのだろう……どういう意味だ?」
「さあ……」
ナウルが首を傾げる。
「ヘル・ザ・ブラックからの何らかのメッセージでしょうか」
「さあな。取りあえず二冠搭内に奴が潜んでいないか、くまなく捜せ。あとは何か仕掛けられていないかもな。それと住民にも非常事態が起きたことを出来る限り教えてやれ。回線が上手く繋がらない場合は人をやれ。ただし、そいつらには吹雪で死ぬなよと伝えておけ」
「わかりました」
ナウルが頷いて兵士たちに指示を出のを遠くに聞きながらラヴカは思考をめぐらせる。
(奴の目的は一体何なんだ……?この間は上流貴族のトップを狙うようなことをしておきながら、今度はこんな辺境の貴族を殺して……貴族狙いの殺しか……もし、誰かに雇われているにしても意図が全くわからんな…)
ヘル・ザ・ブラックに関しての情報が少なすぎるのだ。
ここであれこれ考えてもあまり意味はないかもしれない。
それより、奴への手掛かりを見つけ捕えることが先決か。何しろこの状態では、この土地から抜け出すことは容易ではない。既に奴が領地の外へ出たということはないだろう。
まだ領内に潜んでいる可能性が高い。何としても見つけ出さなくては。奴の狙いが貴族狙いだとしても、民はこの事件を恐れ、彼を恐れるだろう。
本当は、民にもこの事実を伏せておきたかったが、無差別殺人だった場合、民にも警戒心を持っていてもらわなければ大惨事を招きかねない。
(まったく、赤棘隊の査察が無いから平和に過ごせると思っていたんだが、こいつのおかげでとんでもないことになったな……)
ラヴカはため息をついた。
憂う彼にはこの事件によってもう一つ悩みの種が増えていた。
貴族殺しの事件が起きたということは、春の査察の時期普段より多くの人員が割かれ、この地へとやってくるだろう。
本心を述べるなら、この事件よりもそちらの方が問題だ。
なぜなら、この領地には、この国を揺るがしかねない爆弾が潜んでいるからだ。
話ごとが短いですが、ちまちま不定期ですが更新していこうと思います