赤き血の……
数時間前。
今日最も吹雪が強くなっていただろうと思われる時間帯。
二冠搭館長であるレストファは、不機嫌さを顕わにして窓の外の景色を眺めていた。
「まったく……なんというところじゃ。なぜこんな不便で寂れた領へと私が飛ばされねばならんのじゃ!!あのリュイドラという小僧、よくも私をこんなところに……」
憤激したレストファは、右手で机を叩いた。
自分は元は王宮に上がることを許された臣下の一人だった。
だが、あのリュイドラとかいう若造が玉座に就いてから、その地位を剥奪され、こんな辺境に飛ばされてしまった。
彼の貴族至上主義には賛成だった。先王はそういったことを激しく嫌悪する人物だったため、表に出さなかっただけだ。
なぜ愚かな民のために、労費を割く必要があるのか。以前から自分も常々考えていたのだ。
だから、積極的に彼を支持したというのに。
(……もしかしたら、それが奴の目的だったのか)
王宮の重鎮の多くを説得する役を買って出たのは自分だ。
その役目が済んだから、自分はもう用済みということか。
「くそっ!!」
そうであれば、最初から自分はリュイドラの掌の上で転がされていたことになる。
レストファはぐっと奥歯を噛み締めた。
(おのれ……!!いつか一泡吹かせてやるわ……)
ひとり、彼はそう心に誓った。
息を吐きだしたレストファは口渇を感じ、執務室の机の前に立った。
「……おい、誰か飲み物を部屋へ」
部屋に取り付けられた内線ボタンを押し、給仕を呼びつける。
『はい、ただいま』
少しくぐもったような声が返ってきた。吹雪のせいで機械にも影響が出ているのだろう、いつもは明瞭に聞こえる音声も、今日は音割れをしている。
執務室の椅子に座ったレストファは、部屋へやってくる給仕を待った。
しかし十数分を過ぎても給仕はやって来ない。苛立ったレストファは指で机を突きながら、もう一度内線ボタンを押した。
「おい、まだなのか?!」
『…………』
レストファの言葉に返答はない。給仕場に誰もいないということか。
いや、そんなはずはない。まだ、家に帰宅する時間でもないし、常に二人は誰かがいる決まりになっているのだから。
不審に思ったレストファは、回線を切り替え二冠搭所属の兵が常駐しているはずの部屋へと繋ぐ。
「おい、誰か給仕場へ行け。呼び出しに誰も応じんのじゃ。……おい、誰か聞いておるのか?」
『…………』
レストファの顔からざっと血の気が引いた。
なぜ、必ず警備兵がいるはずの部屋から何の応答もないのだ。
こんなことは普通なら有り得ないことだ。
この二冠搭で何かが起きている。
青ざめた顔をしたレストファは、再度回線を切り替え、外部と連絡を取ろうとした。
しかし、何度ボタンを押しても、領主のいるアウスターテ城へとは繋がらない。
未だかつてない、底知れない恐怖がレストファを襲う。
慄くレストファは、執務室を飛び出すと大声で人を呼んだ。
「誰か、誰かおらんのか!!」
しかし、誰一人として返事をする者はいない。
恐怖が最高値にまで達したレストファは、慌てて二冠搭から出る準備をし、一階へと降りるため階段へと向かった。
階段を一段降りたその時、レストファの耳に涼やかな鈴の音が届いた。
「……? 誰かいるのか……?」
レストファは怯えながら辺りを見回す。
そして、踊り場の上に造られた大きな窓の前に座る人物の姿を捉えた。
その人物は、全身漆黒に身を染め道化師のような仮面をしていた。仮面の側には連なる鈴が二つ揺れていた。
「な、何者だ!」
恐怖でレストファの声が裏返る。
「知りたいか?」
「?!」
一瞬の間に、得体の知れない漆黒の人物が自分の背後に移動していたのだ。
「教えてやるよ」
驚愕の表情で背後を振り返る。
カチリと微かな音がした。
あれは何の音だったか。久しく聞いていないが、絶対にどこかで聞いたことがある音だ。
「私の名は――――」
レストファが背後を向いたのとほぼ同時。
銃声音が辺りに響く。
鮮血が飛び散り周囲を紅く彩る。
自分が撃たれたのだとレストファが気付いた時には、彼の魂はすでにこの世に無かった。
体勢を維持する力の無くなった体は、そのまま階段を転げ落ちた。血だまりが踊り場に広がる。
「ヘル・ザ・ブラックだ」
鈍く光る黒の銃口が、名の宣言と共に下ろされた。
不定期更新なのでほんと、間が極端に短かったり、長かったりします。
すいません。
でもきちんと投稿していくつもりです。
<(_ _)>よろしくお願いします