語らう彼らは極寒の地で……
ランドレンの最北領、イズラーテは領主ラヴカが治める地だ。
冬の時期になると、豪雪地帯となるこの地域は辺り一面が白の世界と化す。
そうなれば、並の人間のイズラーテ領への出入りは困難となる。吹雪に遭えば、そのまま凍死ということもありえるからだ。
そんな冬の激しい気候を乗り切るため、領内中央に位置する領主ラヴカの住む城、アウスターテ城は快適に過ごすためのあらゆる施しが為されていた。
そのアウスターテ城の執務室の窓辺には、もううんざりだと言わんばかりの顔で外を見つめる壮年の男がいた。
「全くこの寒さには参るな……まあ、この城は前の城主であるヘヴランが、防寒暖房設備を整えてくれたから良いが。全くありがたいことをしてくれたものよ」
最後の言葉が皮肉気味に聞こえたのは聞き違いだろうか。
クラウディウスは、小さく笑った。
「ラヴカ殿は、この雪の寒さで民が苦しんでいるかもしれないと、彼らのことを案じていらっしゃるんですね」
「馬鹿を言うな。リュイドラは、貴族にのみ温情をかけ、平民は捨て置けと言ったのだぞ。臣下としてはそれに従わん訳にはいかんだろう。だから俺はそんなことは少しも思っちゃいないさ」
クラウディウスには、彼の言葉がすぐに偽りであることが分かった。肩をすくめる彼の顔が、見るからにその言葉を裏切っているのだ。
「まあ、いつになっても冬の寒さは遠慮しておきたいものだが、この季節は平和でいいな」
「そうですね」
冬は王直属の軍、赤棘隊の査察がない。大抵の領なら季節ごとに一度あるものなのだが、イズラーテは冬になると閉塞的な土地になるため、この時期だけ赤棘隊の査察を免れているのだ。
「この時期だけ、私も落ち着いて暮らせますよ」
静かに笑うクラウディウスに、ラヴカが首を振る。
「俺も信用できる奴しか側に置いていないつもりだが、どこに誰がいるかわからんからな。用心するには越したことはないぞ」
「しかし、一年中気を張っていては疲れますから」
「それはそうだが、用心は怠るな。今は例の地獄からの使者、とやらがこの国のあちこちに出没していることだしな」
「そうですね。でもまあ、私は狙われないでしょう」
「わからんぞ。あいつは人殺し、いや暗殺者というべきか? そいつは、もしかしたら誰かの命で動いているのかもしれないんだからな、本当に用心しろよ」
「はいはい」
頷くクラウディウスを胡乱げに見つめるラヴカは、自分の部屋へと真っ直ぐ向かってくる荒々しい靴音を捉えた。
時同じくしてクラウディウスも気付いたようで、扉の方へとすっと視線を滑らせた。
足音が部屋の前で止まり、扉を叩く音がする。
「ラヴカ様、失礼してもよろしいでしょうか」
「ナウルか?」
「はい」
「入れ」
部屋へと入ってきたのは、まだ若い赤髪の青年だった。ラヴカが信頼し、彼が側近くに置く人物の一人だ。
「どうした?」
ナウルと呼ばれた青年は、ラヴカの促しに言いにくそうに答えた。
「それが……二冠搭からの連絡が途絶えたのを不審に思い、先ほど兵をやったところ、館長であるレストファ様が……」
「……もしや……」
瞠目するラヴカの予想をナウルの沈鬱な表情が肯定する。
すぐに冷静さを取り戻したラヴカは、表情を引き締めた。
「……今は事態の把握が必要だな。行くぞ」
「気を付けてください、ラヴカ殿」
クラウディウスが神妙な面持ちで言う。
「気遣い感謝する。いくぞ。ナウル」
防寒着を羽織ったラヴカはナウルを率いて、二冠搭へと険しい表情で向かった。