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殺人動機は4の段

掲載日:2026/06/19

 塾の駐車場。

 雨に濡れるフロントガラス越しに、塾のエントランスをぼーっと眺めていた。

 ぼんやりと歪む、水の向こうの景色の中に、屈折した小さな影が、ちらちらと揺らめき始める。

 22時4分。

 車内の時計は、そう表示している。

 私はエンジンをかけ、ワイパーを動かす。

 開けた視界、多くの生徒の人だかりの中、小学校2年生になる息子は、ランドセルに押しつぶされるように、肩を落とし、塾の校舎から出てきた。

 雨に濡れないための前傾姿勢ではなく、雨に打たれたいための前傾姿勢。

 分かりやすく、落ち込んでいる。

 傘もささずに、ゆっくりゆっくりと歩き、ドアを開け、車に入った時には、ずぶぬれだった。

 後部座席で、かちっ、とシートベルトを閉める音がした。

 どんな言葉をかければ良いのか、分からなかった。

 ライトをつける。けれども車内は明るくならない。

 とりあえず、進もう。

 私はアクセルを踏んだ。

 

「ねえ、」

 と沈黙を割ったのは、息子からだった。

「ねえ、おじいちゃんって、若くして死んじゃったんでしょ?」

「えっ」

 雨の音が大きく、小さな息子の声は口曇くぐもり聞き取りづらかった。

「だーかーらーーー。お母さんのおじいちゃんって、お母さんが子どもの時に死んじゃったんでしょ」

「うっ、うん」

「なん才?」

「えっ?」

「だーかーらーーー。おじいちゃんって、なん才で死んじゃったの?」

 父は、私が8歳。母は、私を20歳で産んで、父は母より4歳年上。

「32歳」

「はーーーぁ。まぁじぃーーー?」

「おと、いや、おじいちゃんに来月の誕生日プレゼント何あげようかーって、おばあちゃんと相談してたら、事故で。今日みたいな、雨の日に。もうすぐ33歳だよねーって会話をおばあちゃんとしてたのにねー」

「32。32かー」

 バックミラーから息子の顔が消える。頭を抱えて、うなだれ悩んでいる。

「僕は、僕は死ぬんだー。死ぬんだー」

「ちょっ、ちょっと。死なない死なない。もう何ぃ? どうしたのっ?」

「だっ、だって、今日先生がぁ、」


 息子の聞いた先生の話とは、こういうものだった。

 人の寿命を計算できる公式がある。

 計算式は、

 自分のおじいちゃんおばあちゃんが死んだ年齢の合計÷4

 先生のおじいちゃんおばあちゃんは、

 82歳、88歳、84歳、86歳で死んだそうだ。

 すると、先生の寿命は、

 (82+88+84+86)÷4=85歳

 で、85歳ということになる。

 息子は、自分の寿命を計算しようとした。

 夫の父母はまだ二人とも生きていて、

 私の母もまだ生きている。

 つまり息子にとって、死んだおじいちゃんおばあちゃんは、

 私の父、32歳で亡くなった、おじいちゃんのみである。

 すると、式は、

 ( + +32+ )÷4=

        32÷4=8歳

 息子は今7歳で、来月誕生日を迎える。

 8歳になる日に、寿命を迎える。

 と結論づけたわけである。


「だぁいじょうぶ、大丈夫。死なない死なない。もうなぁにぃ。そんなことで悩んでたのー?」

「だってぇーー、先生がぁーー、すんっ、ひっ、ひっく」

「死なない死なない。もう、ほんっとっ、先生ったら余計なこと教えてー」

「ほんとに?」

「死なないって、大丈夫大丈夫。ほら、もう、家着いたよ、いい加減泣き止みなさい」

「すんっ、ひっ、うんっ」

 シャッターが開き、車庫の中のライトがつく。

 私は車を停める。

「ほらっ、もうっ、降りて降りてっ。早くお風呂入って、今日は、早く寝なさい」

「うん」

 息子を車から降ろし、手を繋いで、車庫から自宅に続く扉へと歩く。

「ただいまー」

 と息子は元気を取り戻し、家の中に入っていく。

 私はシャッターが閉まるのを確認し、車庫のライトを消した。




 25時2分。

 車内の時計は、そう表示している。

 後部座席に荷物を積むとき、私は時刻を確認した。

 後部の車のドアを閉める。

 車庫のシャッターの向こう側で、もう、雨の音は聞こえない。

 私は、トランクを開ける。

「お誕生日おめでとうございます。お義母様」

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