第15話
どのくらい歩いたのか。
自己嫌悪などの様々な感情が入り混じった思考の中で、いつの間にか一級河川の河川敷に設けられたサイクリングコースを歩いていた。
「……馬鹿か、俺は」
奏多への八つ当たり。
幾ら気持ちに余裕がなかったとは言え、あまりにもお粗末すぎた。
日差しを避ける為、橋の下の入り、隅に座り込む。
「……薄紅色の髪の女。何が目的だ?」
独りになったことで多少はクールダウンした秋雨は思考を巡らせる。
感情は依然として腹の底で逆巻いている。が、神水守家の当主としての顔がそれを押し殺そうとしている。
憎しみはある。が、冷静に状況を分析しようとする自分自身が嫌になった。
「…………必ず報いは受けさせてやる」
秋雨は言い聞かせるように呟く。
日常を守る為に、秋雨は神水守家の当主になった。
封印されている異世界の頂点捕食者を抑制し、世界に知られないように事を済ませ、それによっていつも通りの日常が繰り返されるのなら、それで良い――秋雨はただそう思っていた。
だが、異世界から元クラスメイトが帰還したことで魔法の存在が公然の事実となり、小倉駅の事件で五行神家も表沙汰となった。
思い描いていた日常は変わりつつあったが、それでも身近な人たちだけでも変わらなければ、それだけで良かった。
「で、結果がこれかよ」
両親は殺され、日常は崩れ去った。
「はっ……庄司たちに弱いって言った奴が、何もできていないじゃないか」
両手で顔を覆い、秋雨は懺悔するように吐露する。
力は在った。
だが、守りたかったものは守れず、取り溢した。
「…………必ず見つけ出す。そして、俺の手で殺す」
秋雨がそう決意をした時だった。
「――へぇ? だったら、今からでも殺してみる?」
女の声。
声のした方へと秋雨は顔を向ける。
「……はあ?」
秋雨の視界に映ったのは薄紅色の髪を持つ女――アンネリーゼだった。
「どうだったぁ? 私のサプライズ。ビックリしたでしょ?」
クスクスと笑いながらアンネリーゼがゆっくりと秋雨へと向かって歩いてくる。
「はじめましてぇ、私はアンネリーゼ。君の両親を殺しちゃった女の子だよぉ?」
バシャン、と水の弾ける音が響いた。
「死ね」
秋雨の姿はアンネリーゼの背後に在った。
水之業・陰型――水鏡渡り。
そして、その手には水でできた刀が握られていた。
水之業・陽型――水刃刀。
全速力の振り抜きでアンネリーゼを切り捨てようとしていたのだが、刃がアンネリーゼに当たった瞬間に霧散した。
「なっ⁉」
「ダメダメだよぉ? かすり傷程度は付いちゃうけど、殺すには足りないかなぁ?」
腹部への鈍い衝撃を秋雨は感じる。
視線を向けるとアンネリーゼの足が突き刺さっている。
そのままくの字に身体を曲げ、数メートル吹っ飛ばされた。
「う~ん、これじゃ試練を始められないかなぁ?」
「ゲホッ……ゲームだと?」
咳き込みながら秋雨は立ち上がる。
「そ、試練だよ。これは人類の生命体としての強度を次のステップに上げる為のもの。本来は全人類に課すものなんだけど、私は君個人を目標に定めたの」
いつの間にかアンネリーゼの姿が秋雨の隣に在る。
「お人好しで、周囲を守りたい。うんうん、実に英雄らしい思考だよねぇ?」
秋雨はアンネリーゼへ蹴りを叩き込もうと足を延ばすが、空しく宙を薙ぐ。
と、背中に強烈な一撃を叩き込まれ、再び秋雨は数メートル吹っ飛ばされた。
「私はねぇ、大切なものを奪われた時に見せる顔が大好きなんだぁ。だから、更なるサプライズとしてこんなものを用意しちゃいましたぁ!」
アンネリーゼの両隣にそれぞれ何かが召喚される。
痛みに顔を歪めつつも、秋雨はフラフラと立ち上がりながら、その召喚されるものを見た。
そして――、
「――は?」
間の抜けた声を溢した。
「どうどう? 最高傑作なんだよねぇ。材料は~君のお父様とお母様なんだけど、気に入ってくれたかな?」
アンネリーゼの両隣に立つ化物。
その姿は映画で見たような宇宙生物を連想するようなものだった。
だが、秋雨が声を溢した理由はそこではない。
「あ……あ……」
「しゅ……う……」
その怪物の腹に人の顔が浮かぶ。
そして、それは紛れもなく美奈子と永礼のものだった。
「感動で言葉が出ない? じゃ、改めて名乗らせてもらうねぇ?」
唖然とする秋雨を他所に、アンネリーゼは満面の笑みを浮かべて告げた。
「私は別の惑星の頂点捕食者、アンネリーゼ・ミィ・ゴ。よろしくねぇ?」




