第12話
「――――は?」
家の鍵は開いていた。
そして、玄関の扉を開いた先に広がっていた光景を知った秋雨は、そんな声を溢した。
鼻を劈く鉄の臭い。
床に広がる血の海が玄関の側とリビングの扉の前の二ヶ所。
感情が理解を拒んだ。
「…………妙な力の痕跡があるわね」
玲香は冷静に状況を分析する。
が、隣に立っている秋雨はそれどころではなかった。
「――――は?」
これが現実であることを確かめるように、或いは違うことを願うように、秋雨は再び声を溢す。
しかし、目の前の光景は変わらない。変わるはずもない。
「母さん! 父さん!」
秋雨は土足のまま、リビングへと走る。
バシャバシャと血の海を踏み越え、リビングへと飛び込む――が、そこに二人の姿は無い。
「何だよ、これ……意味がわかんねぇよ……」
「この出血量だと恐らく――」
死んでいる。
玲香はそう続けようとしたが、口を噤んだ。
覚束ない足取りでフラフラとリビングのソファへと向かい、秋雨は腰を抜かすように座り込む。
「おかしいだろ。何処のどいつだよ」
ソファで天井を見上げ、右腕で両目を隠しながら、驚くほど低い声で秋雨は呟く。
「ふざけんなよ。母さんと父さんが何をしたって言うんだよ!」
「秋雨、落ち着きなさい」
「……いや、無理です。こんな状況で落ち着けるワケがない」
玲香の言葉に、目を見開きながら秋雨は立ち上がり言う。
その声は感情の起伏を感じられないほどに冷えていた。
が、そんな声にも怯むことなく玲香は続ける。
「気持ちは理解できるわ。だけど、今は冷静になりなさい。感情のまま無暗に動いたところで、決して良い結果にはならない。これは断言できるわ」
「――――」
言葉にならない唸り声を漏らしながら、秋雨は玲香の言葉を一先ずは受け入れる。
胸中に渦巻く怒りと憎しみを一旦は腹の奥底へ押し込んで、一つ大きく深呼吸する。
漂う鉄の臭いが肺に充満した。
「神木守の黒子を招集するわ。詳細な調査を行って、首謀者を探し出す」
玲香はそう言って、スマートフォンで連絡を取り始める。
部屋の電気は突きっ放しで明るく、窓から差し込む光もある。
だが、今のこの場所はあまりにも重苦しい。
秋雨は再び血の海があるリビングの外へと足を運ぶ。
光の反射で揺らいでいる血の中に、ふと名刺サイズ程度の紙が浮いていることに気付いた。
「――――?」
喉を震わせながら、秋雨はその紙を拾い上げる。
ポタポタと血を垂らしながら、引っ繰り返す。
そこには文字が記されていた。
『 Let's begin the game.』
秋雨はその紙を握り潰し、自身の下唇を血が滲むほどに力強く噛み占める。
朝の母・美波子の会話が、声が、鮮明に蘇る。
『――偶には家族みんなで出かけない?』
今朝のやり取りが頭の中で何度も何度も繰り返される。
募るのは後悔か、それとも母の言葉を受け入れなかった愚かさか。
秋雨はゆっくりと息を吐く。
夏だというのに、その吐く息は何よりも冷たい。
だが、その沸々と煮え滾る憎しみだけは熱かった。
「……殺してやる」
自身の言葉のはずではあるのに、秋雨にはその声が随分と遠くから聞こえたような気がした。
「何処のどいつかは知らねぇが、絶対に同じ目に遭わせてやるよ。ああ、楽には死なせねぇ」




