第11話
「おはようございます」
挨拶をしながら骨董品屋にやって来た秋雨に、レジカウンターに座り書類に目を通していた玲香はチラリと視線を向ける。
「おはよう、秋雨。店内の掃除は終わっているから、適当に過ごしてなさい」
「わかりました。でも、お金に困らないとは言え、毎日閑古鳥が鳴いているのも考え物じゃないですか?」
「いいのよ。繁盛しちゃうといざという時に動けなくなるでしょ」
資料を読みながら玲香は言う。
ふと、玲香が読み進めている資料が気になり、秋雨は尋ねる。
「何の資料ですか?」
「ん? ああ……ここ数日間の報告書よ。どうやら奇妙な事件が起きているようなのよね」
何やら難しい顔をしながら玲香は手に持っていた資料を差し出す。
秋雨はその資料を受け取り、目を通す。
内容は『致死量の血溜まりはあるが、その要因が見当たらない』ことが記されている。
「……ただの殺人事件なのでは?」
「それがこの数日で五件。そして、目撃者どころか、その全てで表向きの痕跡は何も残っていない。捜査が始まったばかりとは言え、警察もお手上げみたいでね。異世界やらの情勢の兼ね合いもあるから政府から直々に調査を依頼されたのよ」
事件現場は札幌、仙台、東京、大阪、広島――地域はバラバラであり、被害者同士の関係性は皆無。
それぞれ現場間の距離も離れており、普通の人間が数日で事を起こすには少々無理があるようにも思える。
「札幌、仙台には神火守。東京には神金守。大阪、広島に神土守。それぞれの黒子が調査に入っているわ。ちなみに真っ先に調査に入った神金守から『何らかの力の痕跡』があったと報告があったわね」
その報告から警察が取り扱う普通の事件ではないことが確定する。
「あれ、神木守から黒子は出さないんですか?」
「それなのだけど、順当に進むなら次は九州になりそうでしょ?」
確かに――と、秋雨は頷く。
北から順に南下してきていることから考えると、次は九州であることは容易に予想できる。
「で、現場もそれなりに栄えている都市ばかりだから、次は福岡で起こるって考えているんですか?」
「ええ。もしかすると熊本、或いは鹿児島の可能性も拭えないけど、ヒントがない以上は動きようもない。仮に福岡だったとしても、現場は特定できないから後手に回るしかないわ」
「封印されている頂点捕食者――ルクシャ・ハーナの下僕の可能性は?」
「今回に限っては違うわね。どうやら力の本質が異なっているみたい」
「なら、あの小倉駅に現れた男の仲間――異世界の入界者では?」
「……何ともは言えないけど、魔法を行使した時に残る痕跡とは異なっているみたいなのよね」
玲香は頬杖を突きながら言う。
小倉駅での一件で男が下僕の召喚を行ったが、アレの元はルクシャ・ハーナの権能ではあった。しかし、それは魔法体系に落とし込まれたものである為、残る残滓としては魔法の痕跡だったことは既に判明している。
そこから男の仲間たちが利用する力は全て魔法由来のものであることが予想されていた。
だからこそ、玲香は首を捻る。
「権能の痕跡でもなければ、魔法の痕跡でもない。勿論、私たちが使用する術の痕跡でもない。なら、残っていた力の痕跡は何なのか……」
玲香は口元に手を当てながら考え込む。
「まあ、他の現場の調査報告を受けて考えましょう」
パンと一拍打ち鳴らすと玲香は大きく背伸びをする。
バキバキと景気のいい音が響く。
「それはそうと秋雨?」
「何ですか?」
「何か……臭うわよ?」
その言葉に秋雨は思わず怪訝な表情を浮かべる。
「毎日風呂にも入ってますし、それこそ今日に限っては朝シャン済みですが?」
「違う違う。体臭の話じゃないわ」
「じゃあ、臭うって……」
眉間に皺を寄せながら、秋雨は玲香を睨む。
だが、玲香は何やら難しい顔をして、ジーっと秋雨の顔を見つめる。
「そんなに俺を見つめてどうしたんですか?」
「私の気のせいなら良いのだけど……今日は秋雨のご両親はご在宅?」
「はい。父さんも珍しく休みみたいで、もしかすると母さんと出かけているかも知れませんけど」
朝の会話から何処かに出かけていてもおかしくない。
が、玲香は更に難しい顔を深めていく。
「玲香さん?」
「嫌な予感がするわ」
「え?」
玲香の言葉に、秋雨は間の抜けた声を溢す。
「秋雨の家までどれくらい?」
「えぇ? 徒歩で20分くらいですね」
「秋雨、今から家に行くわよ」
バッと立ち上がるや玲香はそう言い放つ。
「え? 俺の家ですか⁉」
「私の第六感が外れていたなら笑いなさい。だけど、この感覚が間違いないのなら――行くわよ、案内しなさい」
足早に店を飛び出す玲香の後を、秋雨は慌てて追う。
「ちょっと戸締りがまだですけど⁉」
「別に取られて困るものなんて置いてないわ。それよりも急ぐわよ」
「玲香さん、説明をしてください。今更、その感覚を疑う気はありませんけど、何で俺の家なんですか⁉」
「生きている世界柄ね、何となくわかるのよ。それにそれなりの付き合いがある人関係なら猶更ね」
振り返って真っ直ぐに秋雨を見つめながら、玲香は告げる。
「秋雨、ご両親が危ない……いえ、もしかすると……」




