第10話
「秋雨、本当に大丈夫なのね? お父さんも心配しているのよ?」
朝、今日も骨董品店に向かう為、秋雨が玄関で靴を履いていると背中へそんな言葉を投げかけられる。
少しだけ溜め息を吐き、秋雨は顔だけ振り替える。
「何度も言うけど大丈夫だよ、母さん。俺もそれなりに強いし、玲香さんはそんあ俺よりも強い。百歩譲って怪我をすることはあっても、死ぬことはないよ」
「死ぬ死なないじゃなくて、親としては怪我をしてほしくないのよ」
「わかってるよ。だけど、神水守の血筋で当主になれる奴が俺しかいない以上、どうしようもないだろ?」
秋雨の返答に、母である美波子は難しい表情を浮かべる。
このやり取りも小倉駅の事件から毎日繰り返されている。
勿論、美波子だけではなく父である永礼からも同様の話をされているので、秋雨としてはうんざりしている節もある。
だが、本気で心配している事も理解しているので、無下にもできないので非常に困っていた。
「お父さんはまだ寝ているけど、もうすぐ起きてくるから偶には家族みんなで出かけない?」
「母さん……今日の今日は難しいよ。次に父さんが休みの日に出かけよう」
秋雨は立ち上がると、側に置いていたリュックを背負う。
「じゃ、行ってくるよ。帰りはちょっと遅くなるから、晩御飯は済ませて帰るよ」
「ちょっと待ちなさい、秋雨」
美波子の制止を振り切って、秋雨は玄関を開け、出掛けてしまう。
そんな息子の姿を見送った美波子は「はあ」と溜め息を吐いた。
「遠縁だから半ば忘れていたし、気にもしていなかったけど、まさか今になって神水守の名前を聞くことになるなんてね」
美波子の家系図を遡ると神水守に辿り着く。
特殊な家計であり、美波子も曾祖母から力の存在は聞き及んでいた。しかし、血も薄れ、その力を引き継いでいないことから「巻き込まれることはない」はずだった。
だが、息子である秋雨はその力を持っていた。
「……先祖返りってやつなのでしょうね」
何らかの理由で五行神家がその有している力を知り、秋雨は当主としての責務を受け入れた。
「おはよう母さん。秋雨は?」
頭を掻きながら父である永礼が玄関へやって来る。
「さっき出かけたわ」
「そうか。秋雨の事だ。一度決めたことを反故することはしないだろう」
「本当、そんなところはアナタに似たわね」
美波子は困ったように笑い、永礼の顔を見る。
「はっはは、まったく我ながら困ったものだ」
永礼は豪快に笑う。
この父親あっての息子あり。
美波子は呆れたように溜め息を吐いた。
その時だった。
――――ピンポーン……。
インターホンが鳴った。
「あら? 誰かしら?」
「ん、宅配か何かじゃないか?」
時間は午前九時。確かに宅配が届いてもおかしくはない。
だが、美波子自身が荷物を届ける依頼をする際は常に午後を指定してる。
「うーん、秋雨が買い物でもしてたのかしら? でも、荷物が届く時は事前に知らせてくれるのだけど……」
「最近忙しそうだから忘れてたんじゃないのか?」
少しだけ違和感を感じていた美波子だったが、永礼の言葉を受けて納得してしまう。
「そうかも知れないわね。業者さんを待たせるのも悪いから出ちゃいましょう」
普段なら不意の訪問に対して、インターホンのカメラで誰が訪れたのかを確認してから玄関を開けていた。
だが、今日は偶々玄関にいたこと。そして永礼の言葉もあり、確認をすることもなく玄関の扉を開けてしまった。
「はい、お待たせしました」
そんな言葉と共に玄関の扉を開け放つ。
そこに立っていたのは宅配業者ではなかった。
「あら?」
美波子の視界に映ったのは癖っ毛のある薄紅色の髪の少女――アンネリーゼ。
「どうも~、突然の訪問ごめんねぇ?」
ニコニコしながらフランクな謝罪を述べるアンネリーゼに、美波子は怪訝な表情を浮かべた。
「えーっと、秋雨のお友達?」
「お友達じゃないかなぁ? 正直に話しちゃうと、彼とは面識は全く無いんだよねぇ。私が一方的に知っているだぁ~け。だけど、彼が出かけたことを確認してから、私が来たことには意味があるんだよねぇ」
そう言ったアンネリーゼは自然な流れで美波子を家の中へと押し込んで、自らも入っていく。
「ん、秋雨の友達か?」
リビングへ向かうとしていた永礼が振り返り、アンネリーゼの姿を見て言う。
「さぁて、お二人には恨みも、何もないんだけど、身近な人が死んじゃった彼の反応をみたいから――ごめんねぇ?」
一瞬だった。
「――ぇ?」
その声は美波子のものか、それとも永礼のものか――。
美波子と永礼は何一つの痛みを感じることなく瞬く間に絶命した。
ドサリと鈍い音が二つ。
床に広がる血の海。
漂う鉄の臭いにアンネリーゼは恍惚の表情を浮かべた。
「あぁ、この香りが堪らない。彼、どんな表情を浮かべるかなぁ?」
アンネリーゼが行ったことは実にシンプルだ。
超高速で動いて、二人の心臓を抜き取り、握りつぶした。
ただ、それだけ。
床に倒れた二人の死体に線を向けながら、アンネリーゼはニタリと笑みを浮かべる。
「面白いこと思いついちゃったぁ」
そう言い残すと、二人の死体と共にアンネリーゼの姿が消える。
その場に残ったのは床に広がった血の海だけだった。




