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第1話

 神隠し事件の被害者が一年後に帰還した。

 それから二ヶ月の時が経ち、今は七月。

 もうすぐ訪れる夏休みに教室内が連日浮足立つ、とある日の昼休み。

 玉水秋雨(たまみずしゅうう)はスマートフォンを片手に掲載されているSNSで拡散されている話題、それに関連するウェブニュースに顔を顰めていた。

 話題の大枠は『異世界の実在』であり、嘗てのクラスメイトが異世界人を引き連れて帰って来た。

 その事実は日本だけに留まらず、世界中で既存の国際秩序が根底から覆される。

 この二ヶ月で異世界と魔法は現実となり、もはや単なる空想ではなくなった。

 数多くの専門家、コメンテーターが異世界についての私見を述べ、各国の政府はこれからの付き合い方を模索しているはずだ。

 そして、その異世界とのパイプを有する者たちが、嘗てのクラスメイトたちと担任だ。

 秋雨は教室から窓の外を見る。

 視界に映るのは取材を申し込もうとしている記者と異世界人を一目見ようと集まっている野次馬の波。

 平穏な高校生活は瞬く間に崩れ去ったのだった。


「なあなあ、異世界人のリファちゃんだっけ? めっちゃ可愛いよな!」


 とある男子生徒の声が耳に届く。


「ノヴァク様ってイケメンだよね~」

「わかる~」


 女子生徒たちの会話も異世界人のもの。

 現在、この高校に異世界人が数名在籍している。

 高校側としては面倒事を避ける為に本来は在籍を断る予定だった。

 しかし、異世界帰還者のクラスメイトたちの威圧と政府からの圧力により渋々受け入れざるを得なくなったらしい。

 これは秋雨の現在の担任がHR中にボヤいていたので間違いないだろう。

 異世界を巡る情勢については日本が一歩リードしているが、他国も何とか異世界人との接点を得るために現在各国から留学話が多々舞い込んでいるようだ。


「……先生たちには強く生きてもらいたいもんだ」

「確かに。それには俺も同感だな」


 ボソッと呟いた秋雨の独り言に、答えを返したのは一人の男子生徒。


「宗助か。昼飯は買えたのかよ?」

「おう! 今や異世界組と仲良くした奴らが食堂に殺到するお陰で、売店の混み具合は前ほどじゃない。ほれ、これで二ヶ月連続で一番人気のメロンパンが食べられるぜ」


 秋雨の前の席に座りながら宗助は言う。


「……むしろ二ヶ月連続で飽きないのかよ?」

「美味いものは飽きないんだよ」


 秋雨としては同意できないが、宗助が良しとしているのなら良いのだろう。


「でも、二ヶ月も異世界組追っかけて飽きないもんかねぇ?」

「……俺はその台詞をそのままお前にプレゼントしたいよ」

「それとこれとは話は別だぜ、秋雨。でも、まあ……異世界組とお近づきになりたい気持ちはわかる。元々は同学年だったんだから何とかならねぇかな? 元クラスメイトの秋雨なら接点あるんじゃないのか?」

「残念ながら接点はないよ。一年も一緒じゃなければ、ただの知り合いみたいなもんだ。異世界(むこう)で何があったかは知らないけど、それなりに濃い日々を過ごしてたんだろうし、見るからに団結力が違うだろ?」


 その言葉に「確かにな」と宗助がメロンパンを齧りながら頷く。

 秋雨としても一年生の時は勿論、神隠しまではそれなりに仲良くしていた。だが、一年の時というものは関係値が変わるには十分だった。


「でもよ、これからどうなるんだろうな?」

「どうなるって?」

「ほら、異世界と魔法が実在したじゃん? 異世界組も魔法が使えるみたいだし、俺たちも魔法が使えるようになるんじゃないか?」

「……さあ、どうだろうね。魔法の力がどの程度なのかは知らないけど、そう簡単に広がるとも思えない」


 秋雨は面倒臭そうに言う。

 日本政府としては未知の力である魔法が広まることを恐れており、各国としては魔法の力を手にしたい。留学の打診も魔法の力を手にする為の手段に過ぎない。

 特にアメリカ、中国は露骨で、政府に強烈な圧力をかけているという噂まである。


「実力行使に出ようものなら、それこそ魔法でねじ伏せられるみたいだしね」


 一週間前に起こった異世界人の誘拐未遂事件。

 とある外国籍の者が異世界人であるリファ・メルクストーリアを誘拐しようした事件だ。

 結果としては未遂に終わり、誘拐を試みた者が見るも無残にボコボコにされたという結果だった。


「なるほど、だから留学生を送り込んで友好的に魔法を手にしようって魂胆なのか」


 宗助は「ほへー」と感心した表情を浮かべながら、二個目のメロンパンに手を付ける。


「何で二個買ってるのさ?」

「え、美味いじゃん」

「えぇ……」


 人の趣向は様々だ。




     ◆




「本格的に表舞台に上がることになりそうよ」


 建前上はバイト先である骨董品屋に足を踏み入れるや否や、店主である神木守玲香(みこもりれいか)は不敵な笑みを浮かべて言い放った。

 秋雨は顔を顰めて溜め息を吐く。

 内心は「ついに来たか」と「面倒くせぇ」の感情が荒ぶる。


「俺――神水守(みなもり)家以外の五行神家(ごぎょうしんけ)の意見はどうなんですか?」

「それについては無問題(モーマンタイ)。元々、五行神家の当主同士では既定路線だったからね。まあ、各家の(じじい)(ばばあ)連中が何か(さえず)っていたけど、プチっと捻じ伏せてやったわ」


 どうやら圧倒的な力を持って黙らせた様子。


「相変わらずの傍若無人っぷりですね。流石は生きる天災ですか」

「その呼び方には個人的に少々文句があるのだけど、まあいいわ。とりあえず異世界との境界が拓かれた以上、魔法は直に浸透するでしょうし、別の問題も勃発するわよ」


 別の問題。

 それは五行神家の成り立ちに関することであり、その問題の主たる要因が目覚めないように監視・対応すること。


「元は異世界に属する頂点捕食者(エルダーワン)。異世界の境界が完全に拓かれてから、少しずつ活性化している状況ね」


 頂点捕食者(エルダーワン)とは、各世界に存在する生きた天災。

 遥か昔、後に五行神家を興すことになる者たちにより封印され、五行神家が担う使命の要因こそ、異世界の頂点捕食者(エルダーワン)だ。


「この際、異世界交流を深めるのは良いわ。だけど、奴だけは目覚めさせるワケにはいかない。下僕の出現も多くなってきているし、水面下で動くにも限界があるしね」

「まあ、それはそうですけど……最悪、玲香さんが動けば何とかなりません?」


 レジの隣に置かれている椅子に腰を下ろしながら、秋雨は問う。

 しかし、玲香は首を横に振りながら答える。


「何とかなるか、ならないかで言えば、何とかなる可能性はあるわ。ただ、それは周囲の被害を何も考えないことが前提だけど」

「ですよねぇ……」


 玲香の答えに、秋雨はガックリと項垂れる。

 頂点捕食者(エルダーワン)に対抗できるのは、同格の存在のみ。

 過去に異世界の頂点捕食者(エルダーワン)と相対した者たちの中に、同格の存在がいたのだろう。

 だが、結局は討伐できず、封印に留まったあたり、その力の巨大さが窺い知れる。


「一応、海外の連中も表舞台へ上がることを決めたみたいよ」

「マジっすか……。こっちとしても無関係ではないですけど、それなりの厄介事を抱えているだろうに……」

「まあ、こそこそ動くよりは大々的に動けるようになった方が楽だからね。異世界関連で便乗しようって魂胆が丸わかり」


 それぞれの国家のトップとしても、魔法の対抗策が公になることは是とするだろう。

 ただし、金で買収できない癖の強い彼、彼女らを制御できるかは別問題ではあるが……。


「で、これからどう動くことになるんです?」

「一先ずは各当主総出で政府と話し合い(脅迫)ね」

「……嫌な予感しかしねぇ」


 不敵な笑みを浮かべる玲香に、秋雨は口元を引き攣らせる。

 ただ、近いうちに世界は大きく動く。

 隠れていた者たちが、自ら表舞台へと上がる。それは異世界以上の衝撃を持って、世界を駆け巡るだろう。

 そして、秋雨も五行神家の一角である神水守家の当主として動くことになる。


「……玲香さん、今からでも神水守家の当主って辞退できません? ほら、元々俺って玉水って一般家庭の出身ですし、幾ら遠縁の血筋だからってやっぱりおかしいと思うんですよ」


 これまで何度も抵抗してきた秋雨であるが、ダメもとで最後の悪あがきを行う。

 が、その悪あがきはバッサリと一刀両断された。


「うん、無理!」


 それは見惚れてしまうような満面の笑みを浮かべながら、玲香は断言する。

 わかっていたとは言え、あまりの無慈悲さ加減に秋雨は思わず天井を仰ぐのだった。




     ◆



 政府との会談の日程調整を玲香を筆頭に他の五行神家が行うことになり、現状として特に役割が無い秋雨はいつも通りの日常を過ごしていた。

 五行神家の一角である神火守(みほのもり)家当主曰く、「学生は青春を謳歌することが仕事なんだから、小難しいことは僕たち大人に任せておきなって」とのこと。

 同じ当主でも玲香とは何故こんなにも違うのか――秋雨は首を傾げざるを得ない。

 昼休み。

 秋雨は珍しく校内にある食堂に足を運んでいた。

 種類は異なれど連日通学途中にコンビニで買った総菜パンで済ませていたのだが、今朝出勤前の母から「お昼はちゃんと食べてるの?」と心配されてしまった。

 秋雨の面倒臭がりの性格を熟知しているだけあり、日々の昼食も予想できたのだろう。

 と、そんな心配されてしまっては食生活を見直さざるを得ない。

 故に、これからは極力食堂でバランスの整った食事を心掛けようと秋雨は思ったのである。

 しかし、そんな決意も食堂の人込みで瞬く間に霧散してしまいそうであった。

 券売機にはそれなりの列。テーブルも軒並み埋まっている。


「回転率はいいとは聞いているし、食べたら席を空けるように注意喚起されているから大丈夫か……」


 秋雨はゲンナリしつつもそう呟き、券売機に並ぶ列の最後尾に立つ。

 すると、秋雨の後ろに生徒のグループが並んだ。


「リファ、今日は何を食べようか?」

「そうですね……私は唐揚げ定食にしようと考えています。奏多(かなた)は何にするのですか?」

「俺は生姜焼き定食かな。孝也(たかや)志乃(しの)、ノヴァクは何にするんだ?」


 背後から聞こえてくる名前に、秋雨は振り返る前から誰なのかを察した。同時に周囲の視線が集まるのを感じる。


「僕はきつねうどん」

「アタシは……孝也と同じきつねうどんかな?」

「自分はリファと同じ唐揚げ定食を考えている」


 異世界組五人の会話を周囲の生徒たちが耳を傾けている中、秋雨に気付いた庄司奏多(しょうじかなた)が声を掛けてきた。


「お、玉水じゃないか。久しぶりだな」


 声を掛けられた以上、無視するワケにもいかない。秋雨は内心で舌打ちしながら振り返る。


「ああ、庄司か。顔を合わせるのは一年ぶりだっけ?」

「そうだな。まったく俺たちが留年したとは言っても、同じクラスメイトだったんだから尋ねて来いよ」


 フレンドリーに肩を組んでくる奏多に困り顔を浮かべる秋雨。

 そんな様子を見ていたリファとノヴァクは何やら怪訝な表情を浮かべていていたが、直ぐに取り繕う。


「えーっと、彼は?」


 リファは問う。


「リファとノヴァクは初めましてだったわね。彼は玉水秋雨。元々はアタシたちと同じクラスメイトだったのよ」


 志乃がリファとノヴァクに秋雨の紹介をする。


「リファ・メルクストーリアと申します。よろしくお願いいたしますね」

「ノヴァク・ノエイランだ。よろしく頼む」

「あー、玉水秋雨だ」


 互いに軽く自己紹介を済ませる。


「気になってたけど、どうしてあの日一緒にいたはずの玉水君は異世界に召喚されなかったのかな?」

「そうそう、孝也の言う通り気になってたのよね。そこのところどうなのよ?」


 志乃の言うあの日とは、異世界召喚されることになったHRの時を言っているのだろう。

 さて、困ったことになった――秋雨は内心でボヤく。

 現状、異世界召喚の魔法の干渉を意識的に弾いていたとは言えないし、言う気もない。

 そうなると答えは自ずと絞られる。


「……俺も知りたいんだが?」


 とりあえず秋雨はすっ呆けることにした。

 馬鹿正直に神水守としての力を話す気もなければ、そもそも意味もない。


「じゃあ、偶然玉水だけが外されたってこと?」

「まあ、そう考えるのが妥当だろうね。魔法が使えるならまだしも、あの時は僕ら含めて魔法を知らないからね」


 秋雨の答えに、志乃と孝也は結論を出す。

 ほう――内心で一息を吐き安堵したも束の間、何故かリファとノヴァクの二人がジーっと秋雨を見ていた。


「……何か?」


 怪訝に思い、秋雨は問う。


「いえ、特に何もありませんよ」

「不快にさせたのなら済まない」


 リファとノヴァクはそれぞれ秋雨にそう答える。

 そうこうしている内に券売機に並ぶ列は前へと進んでおり、秋雨の順番になっていた。


「じゃ、俺は行く」

「いやいや、せっかくだし一緒に食べようぜ?」


 ササっと券売機で生姜焼き定食の食券を購入し、立ち去ろうとした秋雨を奏多が引き留める。


「勘弁してくれ。ただでさえ目立っているのに、これ以上はゴメンだ」


 異世界組に背を向け、そそくさと秋雨は立ち去る。


「せっかく誘ったのに」

「まあ、前から彼は物静かだったから、大人数は苦手なんだよ」


 不満を口にする志乃を孝也が宥める。

 と、リファとノヴァクが遠くなる秋雨の背をジッと見つめている。

 それを不思議に思った奏多は二人に問う。


「どうしたんだ?」

「いえ、彼は魔法を知らなかったのですよね?」


 リファの言葉に奏多は首を傾げる。


「どういう意味だ?」

「彼に魔力ではないが、それに近い残滓が漂っていた。それに妙に警戒されていたように思う。あとは――」


 ノヴァクは秋雨の背から視線を逸らさずに続けた。


「死線を潜り抜けた強者の気配。奏多、日本では戦闘はないのだろう? なら、彼はいったい何者だ?」

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