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悪役令嬢ルートを回避した聖女ですが、乙女ゲーム終了後に王太子の再婚相手になりました  作者: 杜咲凜


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9.危機、ふたたび



 イネスの抱いたその違和感は、何かの前兆だったのかもしれない。

 市場から戻って数日。王宮の空気は、どこか張りつめていた。


 侍従や近衛の動きが、わずかに慌ただしい。

 声を潜めた会話が増え、書類のやり取りも目に見えて多くなった。

 警備の配置も、いつの間にか変わっている。


(……きな臭い)


 塔にいた頃から、そうした気配には慣れている。

 何かが起こる前の、静かなざわめき。


 けれど、その中心が――

 ルイ王子である可能性を、イネスはあまり深く考えていなかった。

 それが後になって、大きな後悔につながるとも知らずに。


「最近、ジョエル殿下は少し神経を張っておられるようです」


 侍女が、ぽつりと漏らした言葉。

 イネスは、それ以上を聞かなかった。


 ジョエルのことが、頭から離れない時間が続いていた。

 それだけで判断が鈍っている、と自覚していながら、深く考えないふりをした。


「そう……」


 それ以上触れないまま、時間は過ぎていった。


 ――その日の午後だった。

 ルイ王子の勉強を終え、二人で部屋を出た、そのとき。


 廊下の曲がり角で、違和感が確信に変わった。


 いつもあるはずの気配が、ない。


(……護衛が、いない?)


 思った瞬間、背後で風が動いた。


「――っ!」


 反射的に振り返り、魔力を展開する。

 同時に、低い声が響いた。


「動くな」


 黒い布。

 複数の足音。

 狙いは、明らかだった。


「イネス!」


 ルイ王子の声。


「……王子、私から離れないで」


 短く、静かに告げる。

 状況を理解するより早く、体が動いていた。


(目的は、王子)

 そして、もう一つ。

(……私だ)


 向けられた暗器は、ルイ王子ではなくイネスに向かってきた。

 動きからして、相当な手練れだ。


 イネスは頭をフル回転させながら、魔法を発動する。

 王子を守るための障壁を、即座に展開した。


(新興貴族……)


 今、力を伸ばしている勢力。

 王太子妃という、邪魔な存在。

 忠臣である公爵家を削ぎたい者たち。


 もしイネスに何かあれば、次は新興貴族が、ジョエル殿下との婚姻を迫るだろう。


 だが、今、守るべき優先順位は一つしかない。


「合図したら、走って」

「え……?」

「大丈夫。できるわ」


 イネスは王子の肩に手を置き、視線を合わせた。

 震えてはいるが、泣いてはいない。


「信じて」


 一拍。


 次の瞬間、床に魔法陣を刻む。


「――今!」


 眩い光。

 万が一に備えて腕につけていた、魔法陣起動装置に魔力を込めた。

 それは、転移の魔法陣。


 王子の姿が、視界から消える。

 成功を確認した、その刹那。


 背中に、衝撃が走った。


「――っ!」


 床に倒れ、拘束される。

 枷が、腕を拘束する。


「やはり……王子を逃がしたか」


 冷たい声。

 イネスは息を整え、相手を見据える。


「ええ。目的が違っていたようね」


 嘲るように言うと、男は舌打ちした。


 その後は早かった。

 目隠しをされ、そのまま連れ去られる。

 意識を失わせる薬を嗅がされ、次に目を開けたときには、簡素な石室に一人だった。


(……ここまで、ね)


 だが、恐怖はなかった。


 転移の魔法陣は、一つではない。

 長年、塔に引きこもって研究してきた成果だ。


 腕輪には複数の魔法陣が仕込まれている。

 ただし、今は使えない。

 見張りがいる。


 ――待つしかない。


 そして、夜。


 魔法陣を発動させ、視界が一気に切り替わる。

 次に立っていたのは、見慣れた王宮の回廊だった。


(……帰れた)


 足が、わずかに震えた。


 自室へ戻り、扉を閉める。

 そこで初めて、痛みを自覚する。


 拘束されていた腕の痣。

 縄が食い込んだ跡。

 引きずられたのか、足には複数の擦り傷。


 一日で二度の転移は想定外だった。

 無詠唱の魔法は、やはり神経を削る。


「……侍女を」


 そう思った、そのとき扉が、勢いよく開いた。


「イネス!」


 呼ばれるより早く、ジョエル殿下が、そこに立っていた。


 その顔は――これまで一度も見たことのないほど、蒼白だった。

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