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悪役令嬢ルートを回避した聖女ですが、乙女ゲーム終了後に王太子の再婚相手になりました  作者: 杜咲凜


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5.ルイ王子との距離

 ルイ王子との距離が縮まった、のかもしれない。

 けれど、それをはっきりと意識するような出来事があったわけではなかった。


 公務が終わったあと、ルイ王子の侍女が私のもとを訪ねてくる。

「王子が、イネス様にお会いしたいと」

 そう告げられれば、断る理由などない。


(かわいいは正義!)


 ヒロインに似た愛らしい笑顔を見るだけで、自然と心が和らぐ。

 もっとも、話してみれば、ただ可愛らしいだけの子ではないこともすぐに分かった。

 帝王学を受けているからだろう。年齢のわりに言葉を選び、考えてから話す癖がある。


 塔での生活を思い出す。

 そこには、学園へ進む余裕のない平民出身の聖女候補や魔法士候補が多く集められていた。

 魔法だけでなく、礼儀作法や基礎教養を教えるのも、指導者の役目だった。


 幼い子どもを預かり、夜泣きに付き合い、絵本を読んで眠らせることも珍しくなかった。

 子どもを持たない人生を選んでも、誰かの成長に寄り添うことはできる。

 そう思える時間だった。


 だから、ルイ王子と過ごす時間も、その延長線上にある。

 王太子妃として、というより、教育者として。


 最初は、本当にただの付き添いだった。


 ジョエル殿下の公務の合間、

 王子が一人になる時間ができると、

 おずおずと声をかけてくる。


「……イネス、今、忙しい?」


 研究資料を閉じて振り返る。


「いいえ。どうしました?」

「この本……読めなくて」


 差し出されたのは、初等教育向けの歴史書だった。

 内容は、彼の年齢にしては少し早い。


「ここが、分からないの?」

「うん……」


 椅子を引き寄せ、隣に腰を下ろす。

 ただ、ゆっくりと読む。

 言葉を噛み砕いて説明する。


 それだけだった。


「……そういうことだったのか」


 納得したように頷き、少し誇らしげに胸を張る。


「次は、ここも読めると思う」

「ええ。きっと」


 それが始まりだった。


 それからというもの、

 王子は勉強のこと、魔法のこと、時には他愛もない話をしに、イネスのもとへ来るようになった。

 特別に時間を作ったわけではない。

 距離を縮めようとしたわけでもない。


 ただ、できることをしていただけ。


 それが家庭教師なのか、保護者なのか。

 考える間もなく、

 気づけば王子の生活の中に、イネスの居場所が自然と組み込まれていた。


 それを一番早く察していたのは、おそらくジョエル殿下だった。


 ある日の午後、王子と並んで書庫を出たとき、廊下の先に彼の姿があった。

 王子がイネスの袖を握ったままであることに、殿下は何も言わず、ただ視線を向ける。


「勉強は、進んだか」

「はい。次は一人でも読めると思います」


 王子はそう答え、イネスを見上げて少し照れたように笑った。

 その瞬間、ジョエル殿下の表情が、ほんのわずかに緩む。


 それは、王太子の顔ではなかった。

 評価でも、警戒でもない。

 ただ、安心した父親のものだった。


「……ありがとう」


 短い言葉に、私は首を横に振る。


「私の役割ですから」


 そう答えながら、胸の奥に小さな違和感が生まれる。


(本当に、それだけかしら)


 答えは出さなかった。


 夕食の席では、王子が自然とイネスの隣に座るようになった。

 侍女たちはそれを当然の配置として受け入れ、ジョエル殿下も何も言わない。


 三人で食卓を囲むと、不思議と落ち着く。

 家族、と呼ぶにはまだ距離があるはずなのに。


 食後は隣室で語らい、王子は絵本をねだったり、魔法の話を求めたりする。

 時には、亡くなった前王太子妃の話も出た。


「お母さま、イネスとどんなお話をしたの?」


「エリシア様はお菓子がお好きでした。手作りのものをよくくださったんですよ」


「僕も食べたこと、あるかも……」


「では、今度一緒に作ってみましょうか」


 王子の目が輝く。


「イネスはお菓子も作れるの?」

「塔では自分のことは自分でする決まりでしたから」


 その様子を、ジョエル殿下は静かに見守っていた。

 父親としての視線だと分かっていても、なぜか少しだけ意識してしまう。


 夜、自室へ戻る前、王子が手を振る。


「また、あした」

「ええ。おやすみなさい」


 廊下に残ると、ジョエル殿下の足音が近づいた。


「……負担になっていないか」

「なっていません」


 即答すると、彼はわずかに目を伏せる。


「そうか」


 それ以上は言わなかったが、その声には確かな安堵があった。


 イネスはその背中を見送りながら、以前感じていたよそよそしさを思い出せずにいた。

 彼を、ルイ王子の父として自然に見ている自分に気づく。


 彼らの未来に、少しでも役に立てたなら。


 そうしてイネスたちは、言葉にすることなく、静かに「家族」に近づいていった。

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