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悪役令嬢ルートを回避した聖女ですが、乙女ゲーム終了後に王太子の再婚相手になりました  作者: 杜咲凜


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2/11

2. お人形王子との再会

 久しぶりに戻った王都は、記憶よりも少しだけ騒がしかった。

 塔での生活に慣れきった身には、人の多さも、交わされる視線も、正直なところ少々うるさい。


 王宮に呼び出された理由は、予想通りだった。


「――王太子殿下の、後添えになってほしい」


 重々しい言葉を、重々しい表情で告げたのは、相変わらずナイスガイのイケオジである陛下だった。

 その深刻さとは裏腹に、イネスの心は不思議なほど静かである。


(……やっぱり、イケオジは眼福ね)


 などとのほほんと考えてしまう程度には、冷静だった。


 予言の能力が、いつまで続くのかは分からない。

 物語はすでに完結しており、特殊能力である予言の力も、どこまで効力が及ぶのかは未知数だ。


 過去の事例を調べた限り、役目を終えたと同時に消える例が多い。

 ほかにも、結婚や出産を機に失われた者、あるいは自然と薄れていった者もいる。


 前世の記憶も同様だ。

 成長の過程でこの世界に馴染み、いつの間にか消えていく者も少なくない。


 要するに、イネスはもう「格段に特別視される存在」ではなかった。


 かつては特別視されていたイネスも、今では危険視される存在ではない。

 アラサーになるまで、好き勝手に生きてきた自覚もある。


 だからだろうか。

 少しは役に立たないとな、などという前向きな気持ちさえ芽生えていた。


 学園時代を共に過ごした友人たちは、卒業後に婚約し、結婚し、今では子どもがいる。

 手紙のやり取りで、その忙しさも幸せも知っている。


 同じように独身のまま働いている友人もいるが、彼女たちもまた、家族や領地、国のために尽力している。

 それに比べて、イネスの人生はあまりにも気ままだ。


(……罰が当たらないかしら)


 そんな不安を覚えることさえあった。


 だからこそ、今持ち上がっているのが王太子の再婚話であるのは、自然な流れだった。


 三年前、闇を取り込み、寿命が十年しか持たないとされていた大聖女――公式ヒロインは亡くなった。

 国は大いに悲しみに暮れたが、それは変えられない運命だった。しかし、ヒロインは女神の再来とされ、天に帰ったのだろうと国民は理解した。


 公式ファンブックに触れられた後日談では、悲しみの最期ではあったものの、王太子とヒロインは最後まで愛し合い、王子も誕生している。


 問題は、その先だ。

 そこは、公式ファンブックにも記されていない。


 この国の事情を考えれば、再婚相手としてイネスの名が挙がるのも、想像できなくはなかった。


 新たな鉱脈を発見し、交易を広げる新興貴族との均衡。

 忠臣である公爵家の取り込み。

 そして、身分が高く、独身で、政治的に安全な女性。


 感情ではなく、条件の話である。


 返答を急がされることはなかったが、断れない理由は十分すぎるほど揃っていた。


 その日のうちに、王太子との面会が組まれた。


 通された応接間で待っていると、扉が静かに開く。


「……久しぶりだな、イネス嬢」


 完璧な姿勢。完璧な声色。


 学園時代、身分を隠していたイネスは、彼に話しかけられても素知らぬ顔でやり過ごしてきた。

 ヒロインと王太子の関係が深まるのを見て、イネスはただ、彼らが正しくハッピーエンドを迎える未来を祈っていた。


 三十を越えても衰えぬ美貌。

 愁いを帯びた今だからこそ、神がかった色気を感じさせる金髪に緑の瞳。


 けれど――やはり、心は動かない。

 無機質な美しさ、整いすぎた美。


 微笑みは相変わらず計算され尽くしていて、まるで精巧な人形のようだった。


(ああ、やっぱり)


 懐かしさよりも、今は安心感が先に来る。


 変わっていない。

 私はあくまで適切な距離を保って、事務的に接すればいい。


「お久しぶりです、殿下。お変わりありませんね」


「……そう言われると、少し複雑だ」


 一瞬、言葉に詰まったように見えた。

 けれどすぐに、王太子はいつもの微笑を取り戻す。


 気のせいだろう。


 イネスたちは向かい合って腰を下ろし、形式的な挨拶と確認を進めていく。


 王太子の子どものこと。

 国政への関与の度合い。


 イネスに求められるのは、王太子の息子の養育役。

 塔での研修成果や、学園時代のレベル上げの結果、武器を扱う程度の護身能力もある。


 実務については、優秀な人材が揃っているため、イネスが担うのは公の場での役割のみ。

 すでに跡継ぎはいるため、それ以上の接触も不要だという。


「……この話を受けていただけるなら、感謝する」


 その声は落ち着いていて、王太子として正しかった。


「私は、役割を果たすだけですわ」


 その言葉に、彼がわずかに目を見開いたのを、イネスは見逃さなかった。


「今いただいた条件で十分です。子育ても楽しませていただきますわ。

 王太子のお役に立てるよう、努めるだけです」


 感情はいらない。

 期待もいらない。


 研究はこれまで通り続けていいらしく、研究室も与えられる。

 予算も、塔とは比べものにならない。


 遺跡調査や立ち入り禁止区域への許可。

 正直に言えば、なかなかおいしい立場だ。


 王太子はしばらく沈黙し、それからゆっくりとうなずいた。


「……分かった」


 完璧な返答。完璧な王太子。


 ――完璧だけど、やはり心は動かない。


 イネスはそう結論づけ、立ち上がった。


 ――私たちは、やはり交わらない人生なのだろう。


  (この結婚は、幸せな物語のその後の話。

  私の役割は、その延長線上にある陰の存在。)


 そう思っていた、この時までは。

 

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