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悪役令嬢ルートを回避した聖女ですが、乙女ゲーム終了後に王太子の再婚相手になりました  作者: 杜咲凜


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18.王太子が見続けた光 side ジュエル



 イネスを初めて見たとき、身体に電流が走った。

 それは恋だとか、憧れだとか、

 そんな生易しい言葉で表現できるものではなかった。

 ――世界の輪郭が、一瞬で変わった。


 彼女は、光り輝く存在だった。

 あまりにも眩しく、現実感がなく、この手を伸ばして触れてよい存在だとは、どうしても思えなかった。

 公爵令嬢であり、光の力を持つ聖女であり、前世の記憶を宿し、預言の力すら持つ少女。

 同じ空間に立っているはずなのに、イネスは最初から、別の世界にいた。


 だからジュエルは、軽々しく近づくことができなかった。

 その圧倒的な力ゆえに、イネスは最低限の社交以外、関わらない存在とされていた。

 王太子として許される範囲で、ただ遠くから、そっと見ているだけだった。


 彼女をきちんと見ることができたのは、社交界デビューの場や、王族主催の舞踏会だけ。

 いつもイネスは、光の中心にいた。

 けれど、不思議なほど、誰にも近づかない。

 ひらり、ひらりと、人の感情を受け止める前に距離を置く。


 ――触れさせない光。

 ――手が届かない存在。


 十六歳になり、王国の学園に入る前。

 父から、こう聞かされた。


「イネスは、能力を理由に身分を隠して入学する」


 なるほど、と納得した。

 あの力は、あまりにも大きすぎる。


 実際、学園で見かけた彼女は、田舎の子爵家の娘という立場を装っていた。

 顔立ちも、髪色も、すべてが違っていた。

 だが、隠しきれるはずがない。

 洗練された所作。視線の運び方。沈黙の使い方。


 観察すれば、すぐに分かった。

 それでも、やすやすと近づくことはできなかった。

 彼女の静かな生活を、壊す権利はないと思ったからだ。


 ――そんな彼女を見つめる視界に、もう一人の存在が入ってきた。


 後に、私の妻となる女性。

 大聖女、エリシア。


 田舎の男爵家の娘。飾り気がなく、

 感情が分かりやすく、笑うと、世界が少しだけ柔らかくなる人だった。


 エリシアは、自然とイネスの隣にいた。

 光のそばに立ちながら、決して影にならない、不思議な在り方で。


 そんな視線に気づいたエリシアは、気安く話しかけてくるようになった。

 遠巻きにされがちな王太子に、彼女は違った。


 ある日、エリシアが言った。


「殿下って、片思いしてますよね」


 驚いて否定するジュエルに、彼女はあっさりと笑った。


「でもそれ、恋なんですか?」


「……何が違う?」


「触れたいって、思ってないでしょう。

 それって、憧れですよね」


 その言葉で、初めて自分の気持ちを正確に理解した。


 そうだ。

 確かに、イネスに触れたいとは思っていなかった。


 いや――

 自分には、そんな権利はない。

 触れるなど、考えることさえ間違いなのだ。


 独占したいとか、自分のものにしたいなど、もってのほか。

 それに気づいたとき、しばらく言葉を失った。


 それを、エリシアは笑って受け止めた。


「人間らしい殿下ですね」


 その一言が、ジュエルの中の何かを、静かにほどいた。


 エリシアと過ごす時間は、穏やかだった。

 支え合い、対等で、笑って、悩んで、恋をした。


 ジュエルは初めて、

 王太子ではなく、一人の人間として、誰かを愛した。


 結婚し、ルイが生まれ、家族というものを知った。


 そして――

 彼女は、逝った。


 残されたのは、感謝と、後悔と、謝罪だけだった。


 君は、幸せだっただろうか。

 私は、君を守れただろうか。


 答えは、もう返ってこない。


 それでも時は流れ、周囲は、妻を嘆くための時間を与えてはくれなかった。

 迎えなければならない、次の王太子妃。

 貴族たちの思惑は錯綜し、エリシアが亡くなって一年が過ぎる頃には、議論が本格化していた。


 だが、国民に深く愛された彼女の存在を思えば、次を簡単に選べるはずもない。

 それでも、ルイには後見人が必要だった。


 そこで、父と母から提案されたのが、塔にいるイネスだった。


 イネスは塔で研究を続け、後進の育成にも尽力し、国への功績も大きい。

 預言の力も落ち着き、その力を悪用することは一切ない。

 異性を寄せつけぬ慎重さ、思慮深さ、忠誠心。


 もはや、王太子妃として彼女以外はいない――

 そう結論づけられた。


 公爵家は、彼女に重荷を背負わせることに消極的だった。

 だが、新興貴族が台頭する今、猶予はなかった。


 そして、イネスは、私の隣に立った。


 不思議なことに、

 彼女はあの頃と同じ光を宿しながら、

 今は、確かに「現実」にいた。


 あのとき、眩しくて近づけなかった彼女が、今、隣にいる。


 十年経っても、その美しさはさらに磨かれ、

 色香を帯び、近くにいるだけで呼吸が苦しくなる。


 忘れていた想いが、胸をよぎる。


 私は、妻を愛していた。

 それは揺るがない。


 だが同時に、

 今、イネスを前にして心が揺れているのも、確かな事実だった。


「……すまない」


 それは、過去の妻への謝罪であり、

 そして、自分自身への許しだった。


 生きる。

 もう一度、誰かと共に。


 そして思い出すのは、亡くなった妻の言葉。


 最期は笑って、

 ――ルイを、どうかこの国を、ジュエルを、

 心から支えてくれる人が、いつか現れますように。


 ずっと、愛しているわ。

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