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失恋の翌日も、出社する  作者: 朝倉 ひより


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7/7

未来への一歩

 朝の空気が、少しだけ澄んでいる気がした。

 理由はわからない。ただ、呼吸がしやすい。


 駅へ向かう道を歩きながら、私は空を見上げる。

 雲は薄く、陽射しは柔らかい。


 失恋から、何日経ったのだろう。


 数えるのをやめたのは、いつからだったか。

 気づけば、終わった恋を基準に時間を測らなくなっていた。


 オフィスに着くと、いつもの席に向かう。

 パソコンを立ち上げ、メールを確認する。


 当たり前の動作が、当たり前にできる。

 それだけで、十分だった。


「おはようございます」


 隣の席から、声がする。


「おはようございます」


 短い挨拶。

 それでも、今の私には心地いい。


 午前中は忙しかった。

 電話対応、資料修正、急な依頼。


 でも、不思議と焦りはなかった。

 一つずつ、目の前のことに集中できている。


「これ、確認お願いします」


 高橋さんに資料を渡すと、


「了解です」


 と返ってくる。


 それだけのやり取り。

 そこに特別な意味を持たせなくなったことが、少し誇らしかった。


 昼休み、私は一人で外に出た。

 近くのカフェでコーヒーを頼み、窓際の席に座る。


 ノートを開き、今日の予定を書く。

 仕事のこと、帰りに寄る店、週末の予定。


 そこに、誰かの名前はない。

 でも、空白でもなかった。


 午後、部署のミーティングが終わった後、上司に呼び止められた。


「最近、いい仕事してるな」


 その一言に、思わず背筋が伸びる。


「ありがとうございます」


「この案件、引き続き任せたい」


 胸の奥が、静かに熱くなる。


 私は、ちゃんと前に進んでいる。


 定時になり、帰り支度をする。

 今日は残業しないと決めていた。


「今日は、帰ります?」


 高橋さんが聞く。


「はい」


「じゃあ、一緒に」


 エレベーターに乗り、下へ降りる。

 鏡に映る二人は、同僚そのものだった。


 会社を出ると、夕暮れが街を包んでいる。


「最近」


 歩きながら、高橋さんが言う。


「雰囲気、変わりましたよね」


「……そうですか?」


「ええ。前より、肩の力が抜けた感じ」


 少し考えて、私は頷いた。


「たぶん、自分の足で立てるようになったからだと思います」


 高橋さんは、驚いたように、でも納得したように笑った。


「それ、いいですね」


 駅に着き、改札の前で立ち止まる。


「また、明日」


「はい。また明日」


 それ以上の言葉は、なかった。


 電車に乗り込み、窓の外を眺める。

 流れていく景色の中で、私は思う。


 失恋は、私を壊したわけじゃない。

 一度、立ち止まらせただけだ。


 恋が終わっても、朝は来る。

 仕事は続く。

 そして、私は私であり続ける。


 次に誰かを好きになる日が来るかもしれない。

 来ないかもしれない。


 それでもいい。


 私は、もう大丈夫だ。


 失恋の翌日も、出社する。

 その先の毎日を、生きていく。


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