表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第3章 分裂する共同体

翌日から、俺たちは秘密裏に準備を進めた。30人の居住区域を徐々に分離する計画を進めようとしていた。

今日もいつも通り食料の配給が行われ、子供たちが笑い声をあげていた。誰もが、これから起こる地獄を知らないまま。


そのはずだった。


「大変です!」


松本が会議室に駆け込んできた。


「住民たちが大騒ぎしています!追放リストのことが漏れました!」


俺は愕然とした。内密で進めると決めたはずだった。


「誰が...」


松本が答えた。

「吉田さんが、食堂で住民たちに全てを話したそうです」


俺は拳を握りしめた。吉田は約束を破ったのだ。


急いで食堂に向かうと、そこには騒然とした住民たちがいた。


「本当なのか!30人を殺すって!」

「誰が決めたんだ!」

「リストを見せろ!」


吉田が住民たちの前に立っていた。


「皆さん、評議会は住民に相談もなく、30人を追放することを決定しました」


住民たちがざわめく。


「これは我々全員の問題です。勝手に進めていいはずがありません」


俺が食堂に入ると、全ての視線が俺に集中した。


「田中!」

誰かが叫んだ。

「これは本当なのか!」


俺は冷静に答えようとしたが、その前に吉田が続けた。


「田中は皆さんには真実を知らせず、秘密裏に30人を始末するつもりだったんです」


「始末って...」

住民の一人が震え声で呟いた。


「そうです」

吉田の声が会場に響く。

「30人を放射能汚染された外に追放する。事実上の死刑宣告です」


食堂が地獄と化した。


「人殺し!」

「そんなことが許されると思ってるのか!」

「お前が出ていけ!」


俺は叫んだ。

「みなさん冷静になってください!落ち着いて!」


しかし、もう手遅れだった。吉田の暴露によって、避難所は完全に混乱におちいった。


大騒ぎのなか、俺は吉田に近づいて問いかける。


「なぜ約束を破ったんですか!?」


吉田は静かに答えた。

「約束?俺は人を殺す約束など、初めからしていない!」


「あなたのせいで、避難所はめちゃくちゃになる!」


「めちゃくちゃ?」

吉田は首を振った。

「これが正常な反応だ。人間として当たり前の反応だ」


「でも解決策はないんですよ!」


「それでも、みんなで話し合うべきだった」

吉田は俺を見つめた。

「お前は間違っている、田中。人間を数字で割り切ろうとするお前は、絶対に間違っている」


俺は反論できなかった。


俺たちへの罵声が飛び交うなか、吉田が住民に対して、勝手なことはさせないと約束する事で騒ぎはなんとか収まった。だが住民たちの不信は高まっていた。




結果として、避難所は二つの派閥に分裂した。


**追放派**:田中を筆頭に、医師の田所、技術者たち、そして追放リストに載っていない住民の多く。「現実的な判断」「生存のための選択」を主張していた。


**反対派**:追放対象者とその家族、そして「人の命に優劣はない」と主張する住民たち。「人道的配慮」「全員で生き延びる方法を探すべき」と訴えていた。


両者の間の空気は日に日に険悪になっていった。


食料配給の際、反対派の一人が「お前らが食いすぎなんだろ」と追放派を睨みつけた。

追放派の住民は「お前らだって同じだろう」と応酬する。


共用スペースで両派閥の住民がすれ違う時、露骨に顔を逸らし合う。子供たちまでもが、大人の対立を感じ取って萎縮していた。


明日香が俺に聞いてきた。

「パパ、なんでみんな怒ってるの?」


俺は答えられなかった。娘を守るために作った基準が、共同体を引き裂いているのだ。


「大丈夫だよ」

俺は明日香の頭を撫でた。

「すぐに終わるから」


でもそれは嘘だった。対立は日に日に激化していた。


追放派の技術者が「あいつらがいると士気が下がる」と不満を口にした。反対派の主婦たちは「子供たちの前でこんな話をするなんて」と憤慨していた。


廊下で追放対象者の一人と顔を合わせた時、俺は目を逸らした。彼の視線に込められた絶望と恨みを見るのが辛かった。



翌日の夜、反対派の集会が開かれているという報告が入った。


「何を話し合っているのでしょうか?」

鈴木が心配そうに聞いた。


「分からない…」

俺は答えた。

「でも危険な兆候です」


実際、翌朝から反対派の住民たちの態度がより攻撃的になった。


「人殺し評議会」という落書きが壁に書かれた。食料配給の際、追放対象者の家族が「私たちには配給する必要ないでしょう?どうせ死ぬんだから」と皮肉を込めて言った。


避難所の空気は、日々重苦しくなっていった。


事態の収拾を図るため、俺は全住民を食堂に集めた公開討論会を提案した。


「民主的に話し合いましょう」

俺は冷静を装った。

「全員が納得できる解決策を見つけるために」


その日の夜、127人全員が食堂に集まった。東側に追放派、西側に反対派が陣取り、中央に評議員席を設けた。


空気は既に殺気立っていた。


「それでは、率直な意見交換を...」

佐藤が司会を始めようとした時、反対派の一人が立ち上がった。


「意見交換?笑わせるな!」


それは清掃員の中村だった。65歳、軽い認知症。60点で追放対象者の1人だった。


「俺たちを騙して…殺そうとした奴らと今さら話し合いだと?」


追放派の住民が反論した。

「殺すんじゃない!生き残るための苦渋の選択だ!」


「苦渋?お前らは安全圏にいるくせに!」


討論会は、互いの不満をぶつけ合う場と化した。


「親父が死ねばいいってのか!」

追放対象者の家族が叫んだ。


「仕方ないだろう!」

追放派の住民が声を荒げた。

「全員で死ぬよりはマシだ!」


「誰が決めたんだ、その基準を!」

「数字を見ろよ!このままじゃ半年しか持たない!」

「じゃあお前が代わりに出て行け!」

「馬鹿言うな!俺はここで役に立ってる!」


罵声が飛び交い、議論は完全に平行線をたどった。


俺は必死に状況をコントロールしようとした。

「冷静になってください! 感情的になっても解決しません」


「冷静…?」

追放対象者の娘が立ち上がった。

「家族が殺されかけてて、冷静なやつがどこにいるのよ!?」


会場がざわめいた。


「あんたと娘は安全なんだろうな、田中?」


反対派の住民が俺を指差した。その言葉が俺の心臓を直撃した。確かに明日香は追放リストに載っていない。俺が基準を作ったからだ。


「基準は公正に...」

俺が反論しかけた時、反対派の住民が俺に向かって歩いてきた。


「公正?笑わせるな!」


彼は拳を握りしめていた。


「お前らだけは絶対に安全な基準を作りやがって!」


反対派が俺に掴みかかろうとした瞬間、追放派の住民たちが立ち上がった。


「やめろ!」

「暴力はダメだ!」


しかし反対派も負けていない。


「田中を守るのか!」

「こいつがリストの提案者だ!こいつは…人間の敵だ!」


食堂全体が騒然となった。

椅子が倒れる音、子供たちの悲鳴、大人たちの怒号が入り混じり、シェルター全体が狂気に包まれていく。


暴動が起こる。もう、この流れは止められない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ