六話 やっかみは続く
「やべーやべー遅刻しちまう!」
殺伐とした空気を切り裂く声が教室の外から聞こえてくる。この騒がしい声を出すのは一人しかいない。
ほどなくして声の主が教室に入ってきた。
「まだHRやってない!?よしセーフ!」
時計を見て安心したのか、大袈裟に両手を広げてセーフのポーズをとっている。相変わらず元気だなアイツ。
「あれ?皆どうした?えっ、そんな浮いてる?」
ずしりと沈んだ教室の空気にヤツがそう言った。
浮いてるは浮いてるけどそういう訳じゃないんだよなぁ。
「お前のツレがストーカーしてるって話だ、ほら御堂だよ」
「んぇ?なんそれ?」
話を聞いて訳が分からないと首を傾げている。
そりゃそうだろう。文脈を知らなければ理解できないのは当然だ、巻き込んでやるのはやめて欲しい。
「御堂くんがあの観月さんに付き纏ってるんだってさ、関わる友達は考えた方がいいよ」
近くにいた女子がそう言った。
やってねぇってのにそういうことを言うバカどもに対し、アイツは露骨に怪訝そうな顔をした。
「あの樹が?なわけねぇっしょ?アイツが女の子を好きになるなんてないない、ましてやストーカーとかするようなヤツじゃないって、誰よそんな嘘 吐いたやつ」
アイツはそう言いながら俺の所にやってきて、そのまま俺の肩に手を回した。相変わらず距離が近い。
「いよっす樹ぃ♪まさかお前が誰かに惚れるなんてありえねぇよな?」
「えっ、樹くん脈ナシ…?」
それを聞いた紗奈さんが不安そうに俺を見てきた。
「いやそれはないよ、さすがに意識してるって」
さすがにあれだけアピールをされて何も思わないわけがない。俺も男なのだ。
こらソコ、チョロいとか言うな。
「ほんと?そっか…えへへ♪」
俺の言葉に安心した紗奈さんがふにゃっと笑った。かわいすぎんか惚れるぞ。
「えっ、マジで?樹が遂に?こりゃ邪魔しちゃいられないな、行くぞ壱斗!」
「ちょっ、まっ待てもうすぐHRだろうがぁぁぁぁ…」
落ち着きのない友人に腕を引っ張られ、壱斗を連れて行ってしまった、すぐに帰ってきたけど。
それからアイツは休み時間になる度に壱斗を連れて行ってしまう。
その度にアイツは…
『お二人さんの邪魔はできねぇぞ壱斗、行くぞ』
『え…俺も樹と』
『よっしゃ来い!』
壱斗が言い切る前に速攻連れてかれた、ちょっとかわいそうだが笑ってしまう。
「騒がしいけどいい子だね」
「面白いヤツだよ」
あの友人を見て紗奈さんがくすくすと笑っている。
さすがにアイツと壱斗、そして何より本人が俺との関係を望んでいるということから、俺がストーカーであるという発言は怪しいものというのが皆の認識になった。
「御堂ごめんね?あんなヤツの言う事信じちゃって」
「別にどうだっていいよ」
紗奈さんの友人がそう言ってきたので、別に友人でもないヤツにどう思われても正直どうでも良いという意味でそう返した。
「そっか…ありがと」
しかし彼女は何を勘違いしたのか感謝してきた。
別に気にしてないよー みたいな意味に捉えたのかな?知らんけど。
「そういえば、どうして紗奈って御堂くんのこと好きになったの?」
彼女が紗奈さんにそう問いかけた。
身に覚えが無いので俺としても気になるところだ。
「んーとね、樹くんは覚えてないかもだけど、私前に樹くんに助けられた事があるんだ」
「え?そんな事あったっけ」
それが事実なら確かに覚えてないわ、なんかあったっけ?うーん?
「この学校の合格発表の日だから、結構前になるんだけどね?」
「あー、そう言えばその日って…」
え、紗奈さんの友人も知ってるの?
何があったんだ、俺が紗奈さんを…ぅっ うんー?
「合格発表が終わって、皆と別れてから電車に乗っててね…痴漢されたんだ」
「あっ…」
そう言われると、俺もその日痴漢に遭っていた女の子を助けた記憶がある。
家に向かう電車の中で、怯えたように小さく縮こまっている女の子に違和感を感じ、近付いたことでソレが発覚した。
「思い出した?その時に助けてくれたのが樹くんなんだよ」
「マジ?御堂って実は良い人?」
「別に。当たり前のことだし」
正直言うとあの時は嫌なことがあって見捨てようかと迷ったりもしてたけど、結果的に良いことをしたなって嬉しくなったんだよな。
もっと言うと、あの時は誰を助けたとか全然気にしてなくて、痴漢を駅員に突き出したことで気分を良くしてさっさと帰っちゃったんだよな。いい事したー!ってな感じで。
「それを当たり前とか言っちゃうのがねー。御堂ってあんまり目立たないから意外だね」
「目立たないんじゃなくて、樹くんの場合落ち着きがあるって言うの。変に飾るより、シンプルで自分らしいオシャレしてる方がずっと好印象だよ」
紗奈さんはそう言ってくれるが、目立たないってのもだいぶ良い方だと思う。
むしろ地味だとか暗いとかそんな印象だと言われても仕方ないくらいに思ってたし。
そんなこんなで授業が終わり、紗奈さんがあの騒がしい友人に呼び出されてったので少々待っていたのだが、俺もクラスの男どもに呼び出された。
「取り敢えず七瀬から離れろやお前」
「嫌だね」
何の事かは予想ついてたけどやっぱうぜぇな。
嫉妬からくるやっかみなのだろうが、そういうのがダサいって、どうして分からないんだろう。
「お前に選択肢なんてねぇんだよ、黙って消えろや。七瀬はお前にゃ勿体ねぇんだって」
「知らねーっての」
「は?今度は七瀬に付き纏うのかよキモいヤツだな」
まだ言ってるしまるで聞いちゃいねぇ、別に俺は観月さんにも紗奈さんにもストーカーしてねぇよ。
確かに観月さんには何回か告白したけどさ…まさかそれのこと?告白するとストーカー扱い?
世知辛い世の中になったもんだ。
「お前みたいなヤツが七瀬に相手にされてるだけでも腹立つのによぉ…マジでなんつーか、身の程?ってのを知れよお前」
「無理して知らねぇ言葉使ってもだせぇだけだぞ」
「んだと?」
こんな簡単な煽りにキレてくるバカだが、ぶっちゃけ俺そんなに喧嘩に慣れてない。
しかも相手は四人か…ちょっとヤバいかも。
「何してんだお前ら」
そんな時に、俺の知る声がこの場に響く。
頼り甲斐のある友人の声だ。
「げっ、マジかよ…お前にゃ関係ないだろ」
「もっかい聞く、樹に何の用事だテメェら」
彼は四人相手に一歩も引かない。
というか中学時代はかなりヤンチャしてたような…
「うっせぇな、コイツが観月にストーカーしただけじゃ飽き足らずに七瀬までやろうとしてんだ、だから止めようと…」
「黙れ嘘ついてんな」
彼はこいつらの言い分を途中で遮った。
その言葉はまるで鈍器のように重く硬く相手の言葉を砕いた。同時に自信も。
「そんな下らねぇ嘘で俺のダチに嫌がらせすんならいいぜ?俺が相手になってやるよ」
「いや、だから…」
「分かんねぇか?お前らの言い分なんか聞きたくねぇって言ってんだよ」
彼は止まらない、ぐいぐいと詰められたコイツらはビビって後ずさりした。
自分より強そうな相手に強気に出れない、そんな臆病者たちだ。
「おら来いよ、樹にはやれて俺は無理ってか?」
「ち…くしょう…」
彼の刃のような鋭く尖った眼差しに串刺しにされたヤツらは、何を言う訳でも無くそのまま逃げるように立ち去って行った。