四十一話 紗奈と燈璃と
あぁクソ、あれは失言だった。まさか言葉通りにするなんて…あんなところをもし他の人間に見られでもしたら大変だった。
頭に血が上っていたのは間違いないな、もっと冷静にならないと。俺まで麻緒に流されちゃあダメだ。じゃないと彼女のことは言えない。
そうやって頭を冷やした俺は、次の日学校に向かった。
とはいっても特に何かある訳でもなく、ただ紗奈さんと合流し、二人で学校に行っただけ。なんてことない日常。
しかし麻緒は俺に変に近付いて来ることはなく、すれ違いざまに挨拶しただけに留まった。
すこし吹っ切れたような表情だったから、もしかしてアイツなりに過去を振り切ったのだろうか?まぁ俺には知り得ないことだけど。
「ちっとはマシになったのか?」
「どうだろうな」
彼女の様子を見て訝しげにそう言った壱斗だが、俺も分からないのでなんとも言えない。
とはいえ彼女には自分の幸せを求めて欲しいものだ、あの性格は直さないとダメだけどな。
「よう樹!」
「おはよう」
そんな事を考えていると燈璃が元気よく挨拶してきた。
しかしここ二日ほどだろうか?彼女の様子がどうもおかしい。
いやおかしいというのは言い過ぎかもしれないが、なにか違和感を感じるんだよな。うーん?
「どうした?」
「ん?あぁいや……」
考え込んだ俺を気にした壱斗が声をかけてきたが、その違和感の正体が分からずなんとも言えなかったのでなんとなく誤魔化すことしかできなかった。
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今は昼休み、私はとある女の子を連れて二人きりで話をしようとしているところ。
彼女が樹くんのことを見る目になんとなく違和感……というか、たぶん好意みたいなものを感じて話を聞いてみようと思った。
「ここでいっか…ごめんね酒匂さん。いきなり呼び出しちゃって」
「別にいいぜ。でも珍しいな、七瀬がアタシを呼び出すなんてよ」
そう、樹くんの傍に寄り添い続けていた女の子。彼を見捨てた馬門さんと違って樹くんに親愛の情を正しく向けている女の子。
酒匂 燈璃さん
ただその '' 親愛の情 '' が友情なのか、それ以上の……つまり愛情なのかが気になった。とはいえもはや確信に近いけど。
「うん、樹くん絡みだからね」
「そりゃ大事だな」
そんなことを言った酒匂さん、彼女にとって樹くんは……?
前置きもそこそこに思ったことを率直に聞いてみることにした。
「単刀直入に聞くんだけど、酒匂さんって樹くんのこと、好きだよね」
「っ……あぁそうだな、大事な友達だよ」
あぁ、ビンゴだ。好きというワードを耳にして一瞬怯んだような表情をした。
本当に友達というだけならばそうはならないはずだから。
「そうじゃないの、私が聞きたいのは」
「……分からないな、なにが聞きたいんだよ」
敢えて惚けるのはたぶん、言いづらいのもそうだけど、気を遣っているのだろう。そりゃ あなたの恋人が好きです だなんて軽々しく言えるものじゃないからね。
「樹くんの恋人になりたいんじゃないのかな?」
「それは…」
大きく瞳を揺らす彼女を見れば動揺していることは想像に難くない。
ほんの少しでもそういう感情があるから、ここまで大きな反応を見せるのだと私は思う。
酒匂さんはしばらく考え込んだものの、すると重い口を開く。
「……そう、だよ。好きだよ樹が。初めて会った時からずっと好きなんだよ!」
「っ……」
'' 初めて会った時 '' それがいつの頃かは分からないけど、少なくとも何年もの間その気持ちを秘め続けていたことは分かる。
何故かは分からないけど、樹くんのことを好きでずっと傍で見守っていた。自分の想いをただただ隠して友達として。
酒匂さんの辛そうな表情から、どうしても果たせない事情があるのだということは伝わる。
ただ私は息を飲むことしか出来なかった。
「でも、アタシじゃダメなんだ!だって……アイツにずっと寄り添っていられないんだ……」
意味深な言葉を聞いて私はおずおずとその真意を問いかけた。
彼女は最初はあまりに答えたがらなかったものの、それでも半ば無理やり聞き出した。私に出来ることがあればと思ったから。
でも、私のような一個人というか、他人が関われるものじゃなかった。
'' 婚約者 ''
恋愛モノの小説とかでたまにでるワード。主人公とヒロインを結ぶものとしての題材になるけど、酒匂さんの場合は樹くんへの気持ちを封じるための鎖になってしまっている。
ずっと樹くんを支え続けていた彼女がいなければ、それこそ中学の時に起きた馬門さんとの事件で彼は女性不信のままだっただろう。
そうなれば私だって付き合えたかも分からない。だから酒匂さんにとても感謝しているし、幸せになって欲しいという気持ちもある。
でも……やっぱり樹くんを独占したいという、醜い気持ちがあるのも事実。
それでも私の胸中には、酒匂さんにその想いを諦めて欲しくないというエゴがあった。
もしできるとすれば……樹くんに二股のようなことをしてもらうしか無くなってしまうのだ。
でも、私はそれが悪とは思わなかった。だから、そのことについては樹くんと話してみよう。
大事なのは周りじゃなくて、私たちだから。




