三十二話 もう遅い
槍坂と麻緒の一件があった翌日、紗奈さんと学校に来た俺であるが、観月も麻緒もこちらに来ることなく無事に放課後を迎えた。
しかし本番はこれからだ。
校舎裏、そこで俺と紗奈さんで二人を待った。
彼女らをここに呼び出したのだ、俺たちの関係を見せつけるために。まぁ呼んだのは紗奈さんだけどね。
「来ないね?もしかして逃げちゃった?」
「まさか……?」
十分弱ほど待っても姿を現さない二人に痺れを切らした紗奈さんが甘えたように抱きついてきた。
俺は校舎に背を預け、彼女はその背中に手を回し足を絡めて身体を密着させる。
その姿はあまりにも妖艶で、ついこの間まで未経験だった俺には刺激が強すぎた。
「アハ♪」
そんな姿の紗奈さんに反応してしまった俺に気付いた彼女、は嬉しそうに笑った。
頬を朱に染め目はトロンと、そしてとても上気しており、ここが家であったなら間違いなく事に及んでいるだろう。
彼女は俺の顔を頬に手を添えると、そのまま唇を重ねてきた。
「「えっ…」」
そこで聞こえてきた声は二人分、ふと横を見やると麻緒と観月がそこにおり俺たちを見て目を見開いていた。
「んんっ、よそ見だぁめ♪」
二人に気付いた俺の気を戻すように紗奈さんがそう言ってまた口付けをしてくる。
しかし先程より更に過激さが増し、なんと舌を入れてきたのだ。
こちらも触発されそれに応えるといつしか俺たちだけの世界となっていた。
「あっ、あぁ……」
「うそ、だよね、樹……」
二人の世界に入り込んでいる俺たちをただ見ていることしか出来ない彼女らは、掠れた声でボソボソと何かを言っていた。
「っぷはぁ……あぁ、来たの?遅かったね二人とも♪」
長い口付けを終えた紗奈さんが煽るように二人にそう言った。本当は気付いていたのだろうが、敢えて気付いていないフリをしてさきほどの行為に及んだのだろう。
彼女はギュッと俺の首に抱き着いてニヤニヤと二人に挑発的な笑みを浮かべる。
麻緒も観月も、一様に反応出来ずにいた。
「それでね?今日来てもらったのは ''こういうこと'' なんだ。樹くんはもう、私のだから♪」
有無を言わせない圧力を二人に掛けた紗奈さんが妖艶な笑みを浮かべる。
それは宣言であり、無慈悲なものであった。
「だからさ……分かるよね?」
ハッキリとは言わないまでも、その本意が分からないなんてことはない。
" 樹に近付くな ''
言外の意味を受け取った二人は踵を返して逃げるように走り去って行った。
その際に涙を見せながら。
「これで少しは分かったかな?もう手遅れだってこと」
「どうだろ?」
やりきった感を出している紗奈さんに俺はそう返す。まぁこれを見て分からないなら……そりゃもうどうしようもないだろ。
「さぁて……今からウチに来てよ♪」
「喜んで」
そんな嬉しい誘いに乗らないほど無粋な人間ではない。その誘いに俺は笑顔で首を縦に振った。
紗奈さんの家に上がってすぐに、俺たちは体を重ねた。あんな事があった今日の行為はいつもより激しいものであった。
「今日のは……濃いね♪」
「いやぁお恥ずかしい…」
何がとは言わないが彼女がそう言った。
敢えて言葉に出されてしまったことで恥ずかしくなって目を逸らす。
……しかし俺はまだ元気だ、夜はまだ終わらない。
「これからどうなるかなぁ…あの二人」
「まともな神経してるならもう関わらないと思うけど……」
そう思ったのだが断言ができない。
片や自分に告白してきた人間にあんな男を連れてきて、片や仮とはいえ恋人を見捨てたのだ。
どっちとまともな神経をしていればやらないことである。
自分は見た目で判断されたくないクセに見た目に釣られた女。
そして自分から告白してきた癖に、周りには自分がされた側だから仕方なくその告白を受けてやった と嘘をついて他の男とイチャイチャして。
虐められる恋人の目の前でソイツらと触れ合っていたのだ。
そのクセして今更好きだと言ってきたり独り善がりの罪悪感を押し付けてきたり、自分勝手極まりない。
考えれば考えるほどムカついてくる。一体人をなんだと思っているのか。
「むぅ…お顔怖いよ?」
「あっ……ごめん」
ダメだ、思ったより影響を受けているようで表情に出ていたらしい。
紗奈さんを心配させてしまった。
これ以上あの二人に振り回されたくない俺は、それを忘れるために彼女を思いのままに抱き締めた。




