三十話 白々しい男と繰り返す女
槍坂先輩に付き合おうと言われた麻緒だが、彼女が一体どう返すのか見ものだな。
肩に手を置かれたままの彼女は、すぐに答えることはなかった。
俺の位置からではその表情は窺えず、どういう感情なのかも分からない。
「えっと、先輩は奏ちゃんが好きなんじゃないんですか？」
「うん。でももう別れちゃったからね」
そもそも抱きたいだけなのだがら、誰でも何人でも良いのだろうな。大概予想がつく。
もう別れたから好きじゃないなんて全くの嘘だろう、女癖の悪さもちょっとした噂だ。麻緒は転校してきたので、まだ知らないようだが。
「でも、ウチは……」
「結局 奏からも振られちゃってさ、実は結構落ち込んでるからさ……ってこんなこと聞いても困るか、ごめん！」
槍坂のソレは罪悪感や同情心を煽るための演技である事は容易に想像できた。相変わらず白々しいな。
「えっと……ウチでもいいんですか？」
「もちろん、君がいいんだ！」
うっわキモ！本当にクセェ演技をかます槍坂にそんな簡単なものに釣られる麻緒。
揃いも揃ってバカばっかだ。
しばらく俯いて考え込んだ麻緒だが、彼女から見えないことに安心しているのか槍坂は邪悪な笑みを浮かべている。
「うっウチで良ければ」
麻緒が顔を上げてそこまで言ったところで耐えきれなくなり俺は姿を現す。イライラするんだよ。
「なっ、テメッ！」
「えっ、樹!?」
俺の姿を認めた二人は目を見開いでギョッとした。本当は無視して麻緒が槍坂にぐちゃぐちゃにされれば良いのだろうが、如何せんそれを見て見ぬふりは彼女と同じになってしまう。
後悔することになるくらいなら、できることはしたいのだ……これじゃ晴政のことは言えないな。
「そんな大事な話をこんな所でするなっての、全部丸聞こえだバカたれが」
俺がそういうと麻緒が顔を真っ青にした、まさかこんなことになるなんて全く予想してなかったんだろうな。
何度もバカを繰り返すなら、反省してるフリはやめて欲しいもんだ。
「盗み聞きとは良くないんじゃないかな？」
俺を見つけた時に出した低めの声ではなく、少し気取った高めの声で槍坂がそう言った。
しかしその目は鋭い。
「アンタこそ嘘は良くねぇな、麻緒も自分に都合の悪いことを隠すなよ。やっぱり反省してねぇんだな」
「ちがくて！これは違うんだよ樹！」
麻緒が何か言っているがバカらしすぎて話したくない。とっとと帰れっての。
「散々俺に謝りたいだのなんだの言って、結局そうやって他の男と付き合うんだろ？浮気してたあの時と全く変わらねぇなお前は」
「違う！そんなつもりじゃなかったんだ！」
この期に及んで嘘をつくバカにほとほと呆れる。それが通用するほど自分が誠実にやっていたと勘違いしているなコイツは。
「止めろ、女の子をいじめるなんて随分酷いじゃないか。奏にもそうやって……」
「あ''？そういうアンタはだいぶ雰囲気変わったな？あれだけ人を陰キャ呼ばわりしてこき下ろしてたのは何だったんだよ」
何故か麻緒を庇うように前にでてきた槍坂に向かってそう言った。
麻緒は聞いているのかいないのか少しだけ俯いている。
「っ……なんの話だ？俺がこの子と付き合うのに嫉妬してそんな嘘を言うのか？キミこそ──」
「よくもまぁ嘘の度に舌が回るなアンタは」
ヤツは麻緒を抱き寄せ俺に向き合う。
別に彼女が奴にめちゃくちゃにされたいのなら好きにしたらいい。そのまま絶望するのも勝手だ。
……拒絶するなら話は別だが。
「ぐっ……キミこそ相当性格が悪いんじゃないかな？女の子に高圧的な態度で、嫉妬して人を傷付けるなんて──」
「妄想癖が激しいなアンタ」
「っ……テメェうるせぇんだよ！ゴミ陰キャがナメやがってぶち殺すぞ！」
遂に本性を表した槍坂だが、正直小物感が強すぎるのでなんてことは無い。
しかし麻緒は肩を震わせて怯えたような表情をしている。アホか。
「イライラすんだよコノヤロォ、おい麻緒！」
「え？うっ…」
奴は乱暴に彼女の頬を掴み自分の方に向ける。
さて、麻緒はどうするかな？
抵抗をしない彼女に槍坂が顔を寄せた。
