家族怪議(3)
井浦さんは本当に、すごい人だった。
最初は、神様の使いだなんて言ったら、胡散臭いと怪しんでいた村のおじさんたちも、いつの間にか井浦さんに懐柔されてしまっている。
元々、この村に住み始めてから、おばさん達には男前だのハンサムだなどいわれて人気があったけれど、今はもう、男女も年齢も関係ない。
井浦さんが不思議な力で、村中の困りごとを次々解決していく姿を、村の人々はその目で見て、体験しているのだから、信じない方がおかしい。
一部熱狂的なファンというか、信者もいて、その人達は井浦さんのことを「教主様」と呼んだりもしている。
私は村の人々の困りごとを解決していることが、あの土地を綺麗にする実験とどう関わっているのか、さっぱりわからなかったけれど、私が高校生になった頃には、その理由がわかった。
「我々は家族です。家族なのですから、困った時はお互い様です。多く持っている人が、持っていない人に分け与える。それと同じことです。山坂家の人間は、それを卑しく独り占めし、皆さんが本来、手に入れる分まで奪ってしまった」
建て替えられた黒い箱のような井浦家に、毎晩多くの人たちが集まった。
井浦さんはそこで、村人たちを焚きつける。
山坂家が独占しているあの家を土地を、神域を取り戻そうと。
「それには、みなさんの協力が必要なんです」
集まった人々は、井浦さんに無償で助けられた人たちだ。
みんな迷うことなく、首を縦に振った。
それも、難しいことを頼んでいるわけじゃない。
目的のために、何があっても知らないふりをするだけ。
村の外の人間に、話さないだけ。
ただ、それだけだった。
そして、山坂家には井浦さんと助手である私以外の誰も、近づいてはいけないことになった。
井浦さんが必要としている時以外、誰も山坂家には近づかなくなった。
村の駐在さんも、井浦さんに助けられた恩があるからと、巡回のコースから山坂家を外した。
だから、山坂美子が一人で死んでいても、誰も気づかなかった。
「……どうするんですか? 警察に通報しないと」
最初に美子が死んでいることに気づいたのは、私だった。
家族を失ってから、すっかり痴呆が進んで、家から出ない美子の世話を、井浦さんが不在の時は私がしていたからだ。
美子は居間のソファーの前で倒れて死んでいた。
井浦さんは、私にその死体を畑だった場所に埋めるようにいった。
「人は死んだら土に帰るものです。まぁ、近頃はどこも火葬してしまいますが、それではなんの意味もない」
私の仕事は、この家で出た死体を……井浦さんがやっている実験で出た死体の処理。
どういう基準でこの家に連れてきているのかわからないけれど、最初は子供が多かった。
それも、おそらく、タカちゃんと同じくらいの子供だ。
その次は、私と同じ歳くらいの女の子。
五十代くらいの男女。
一度、一体誰なのか訊ねてみたら「家族を集めている」と言われた。
なるほど、確かにと思った。
祖母の呪いにより一家心中した山坂美子の家族の年齢層と一致している。
七十代の夫、五十代の息子夫婦、女子高生の孫と五歳の男の子。
それから、家族を刺し殺した二十代の孫。
「でもねぇ、やっぱり、ただ近しい年齢と身長の人間を用意するだけでは、どうも失敗してしまうみたいなんですよねぇ。やっぱり、少し霊感がある方がうまくいくんですよねぇ」
もう何年実験を繰り返していく中で、私はもう、何も感じなくなった。
怖さも、罪悪感も何もない。
失敗しても、死体を埋めた畑は綺麗な花を咲かせる。
土から川へ染み出して、流れ流れて村全体の養分に変わる。
少しずつ、穢れた土地が綺麗になっているのは明らかだったから、井浦さんのすることに、誰も何も言わなかった。
むしろ、生活が豊かになっていくのだから、もっと協力させてほしいと言い出す人もいる。
「霊感ですか?」
「そう、子供なら見つけやすい。でもねぇ、大人となるとなかなか難しい。大人になる前に死んでしまうか、そういう見える子供が好きなやつが連れて行ってしまう。それに、大人は平気で嘘をつくから、本物かどうか見分けるのも一苦労」
子供の頃は見えていても、大人になったら見えなくなるなんてパターンもあるらしい。
ある時から井浦さんは、そういう大人を探すために色々なことをするようになった。
その頃には、村人はみんな、井浦さんの言うことならなんでも聞く状態になっていたから、村中が実験に協力するようになっていた。
映画の撮影と偽ってオーディションで人を集めてみたり、山坂家やこの村にまつわる怪談話をいくつか作り、拡めてみたりもした。
携帯電話が普及し始めてからは、人を集めるのは簡単になっていたような気がする。
でも、どうしても二十代の男性で、霊感がある人を探すのは大変だった。
最後の一人が、見つからない。
兄が見つからない。
祖父、祖母、父、母、姉、妹、弟は揃ったのに、兄だけが見つからない。
そんな時、やっと見つけたのがローカル番組に出ていた若い霊能者だった。
それも、山坂家の兄と年齢が近い。
「井浦さん、この人、いいんじゃないですか?」
「……ええ、いいですね」
私がそう提案した頃には、もうあれから二十年近くも経っていたが、井浦さんは初めて会った時と変わらない爽やかな顔で、テレビ画面を見ながら笑っていた。




