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家族怪議  作者: 星来香文子
おばあちゃんオーディション

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おばあちゃんオーディション(2)


 昔から、そういう霊感……とまではいかないけれど、妙な気配を感じたりすることはあるの。

 でも、そういうのって、決まってどこかのホテルだとか、トンネルだとか、みんな幽霊が出るって噂になっているようなところ。

 つまりは、そういう経験をしている人が多くいるとこころ。

 事前にそんな話を聞かされているせいで、思い込みで何かを見間違えたり、聞き間違えたりしているんだと思う。


 だって、そう思っていないと怖くてたまらないのだもの。

 井浦監督に案内されたその家に関して、私は全くなんの情報も与えられていない。

 それでも、坂の上にあったこの古めかしく、昔懐かしい感じの古い一軒家は、見ただけでその雰囲気というか、感覚的に何かいると思ってしまった。


「……ホラー映画ってことは、この家、もしかして事故物件か何かですか?」

「え? いいえ、そんな話は聞いたことがありませんよ。むしろ、とても不思議なことが起こる、良い家だと聞いています。だからこそ、映画の成功を願ってちょうどいいと思ったのですが……なんです? 御供さんは、何かそういうものが見えたりするんですか?」

「いえ、その……そういうわけじゃなんだけれど…………本当に、なんの経験もない私なんかでいいのか、不安になってしまって」


 まさか、実は少し霊感的なものがあるだなんて、言っても信じてはもらえないでしょうし、そうごまかした。

 いざ撮影となると、上手くやれるかどうか不安になっている部分があることも、嘘ではないし。


「大丈夫ですよ。演技の経験がない御供さんだからこそ、上映後は話題になること間違いありません。僕はそう確信していますよ」


 井浦監督はそういって、私の背中を押してくれた。

 確かに、ここまで来て辞退するのももったいない気がする。

 この映画の撮影がうまくいって、完成した作品がヒットしたら、私の人生は大きく変わることになる。

 こんな年齢で女優になれるチャンスなんて、もう二度と来ない。


「それに、実はこのおばあちゃんオーディション、御供さんで決定したわけじゃないんです」

「え? どういうことですか?」

「僕は監督ではありますけど、実は総合プロデューサーというか、もう一つ上の立場の人間が別にいましてね……実際に何人か演技をしてもらって、その映像を見て判断しようということになっているんです」

「そ、それじゃぁ、もし私ではダメだったら、報酬は?」


 もしかして、私は詐欺にでもあってしまったのではないかと一気に不安になった。


「ああ、その点はご心配なく。募集に書いていた額面通りの報酬とここまでお越しくださった交通費はきちんとお支払いしますから」


 その総合プロデューサーとかいう人が、私にしようと思ってもらえれば、私は本当に銀幕デビューできる。

 そうなったら、今、もらえる報酬の比じゃないくらい、お金が入るらしい。


「正式に契約となれば、映画の売り上げに乗じて報酬も増えますから。公開終了後も、円盤が売れたらその分上乗せされます。この映画を足がかりにして、他の映画やテレビドラマの出演オファーも来ることでしょうし、悪い話ではないと思いますよ?」

「そ、そういうものなの?」

「そういうものです。まぁ、御供さんが損をすることは一つもありませんから、《《宝くじにでも当たったようなもの》》だと思って、気楽にやってください」


 井浦監督が爽やかな笑顔でそう言うので、私は頑張るしかない。

 そうよ。

 私は宝くじに当たったの。

 それも、あのくそじじいが当たった二億円なんかよりもずっと価値のあるものよ。

 今働いている会社だって、いつまでもフルタイムで雇ってくれるわけじゃない。

 これから体力的にも辛くなっていくのは明らかよ。

 そうなったら、あんな少ない年金だけじゃ生活なんてできない。


 私はこれから、女優になる。

 そうして、うんと有名になって、私を捨てたあのくそじじいに悔しい思いをさせてやるわ!!

 人生、これからなのよ!!


「わかりました。私、頑張ります!!」


 幽霊が何よ。

 別に、何かされるわけじゃないんだし、怖くなんてないわ!

 そんな得体の知れないものより、私は人生をやり直す方が重要なの。

 大事なのは、お金よ。

 何も、怖いことなんて起こらないわ。

 怖いと思うから、そういう、妙な幻覚を見てしまうだけなのよ。


 そう決心して、その家の玄関の前に立った。

 表札には『山坂やまさか』と書かれている。


 私がこれから演じるのは、山坂美子(よしこ)

 若い頃は散々な目にあったけれど、今は孫にも恵まれて、毎日幸せな日々を送っているこの家のおばあちゃん。


 大丈夫、大丈夫よ。

 一歩、玄関に足を踏み込んだ瞬間に感じた、悪寒なんて、ただの気のせい。


 大丈夫、大丈夫よ。

 天井のあたりから、妙な視線を感じるけど、天井の木目が目に見えただけ。

 ただの気のせい。


 大丈夫、大丈夫よ。

 仏間に並んでいる遺影の女の顔が、二十年前に死んだ私の母にそっくりなのも、ただの気のせい。


 仏壇のろうそくが激しく揺れているのも、子役の男の子の顔が少し歪んで見えるのも、よくわからないお経のようなものが遠くから聞こえるのも、みんなみんな、ただの気のせい。


 そう思わなければ、やっていけそうもなかった。


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