おばあちゃんオーディション(1)
何をやっても上手くいかない。
私が一体、なにをしたというのかしら。
子宝に恵まれず、それでも一緒にいたいと長年連れ添った夫に、還暦目前で捨てられるなんて。
あの人だけは違うと思っていたのに、結局、自分の子供が欲しい?
還暦を過ぎたくそじじい相手に、二十歳そこそこの女が本気なわけない。
ただの金狙いよ。
みんな知ってるの。
あんたが宝くじを当てたこと。
その金でキャバクラに通い出したんだからね。
扶養の範囲内でパートでしか働いたことのない私を、雇ってくれるところなんてないだろうし、年金の支給もまだまだ先。
お金も家も、どうしよう。
いつまでも、お友達の家にお世話になるわけにもいかないし……
貯金だって、微々たるものしか残っていないのに。
あぁ、本当に私の人生ってなんだったのかしら。
返して欲しい。
あんな男と結婚なんてしなければよかった。
どこで間違えたのかしら?
「……————おばあちゃんオーディション?」
絶望の淵にいた私の目に飛び込んできたのは、映画のオーディションのポスターだった。
おばあちゃん役を一般人から募集しているというもの。
当てもなく歩いていたのが、偶然、映画館の前だった事もあって、こういうポスターが貼ってあったのだと納得した。
よく読んでみると、オーディションの参加資格は、日本在住の五十五歳以上の女性であること。
演技の経験は問わずで、アンケート用紙に記入して、写真付きの履歴書を同封し、ポスターのすぐ横に設置してある箱に入れるだけで応募完了。
何より魅力的だったのは、そこに書かれていた文言。
『女優として新たな人生を』
報酬として書かれていた金額も魅力的だった。
このポスターをどれくらいの人が見るのかわからない。
芸能界なんて、夢のまた夢。
限られた人しか成功しない。
そんなことはわかっていたけれど、あのくそじじいでさえ、宝くじに当たったのだから、それと比べたら……もしかして————と、私は深く考えずにその日の内にアンケートと履歴書を箱の中に入れた。
けれど、連絡が来たのはそれから三年後のことだった。
履歴書の住所に書類を送ったが、届かなかったからと、電話。
あれから、なんとか元々働いていたパートをフルタイムに切り替えてもらえたおかげで、なんとか生き延びていたのと、年金受給が始まったこともあって、すっかり忘れていたけど……
今住んでいる住所に改めてオーディションに必要な資料が送られて来たのは、その電話から三日後のことだった。
こんな機会は、多分二度と来ない。
オーディションの日程も、運良くシフトがないお休みの日。
受けるだけ受けてみようと、私は素人なりに準備してオーディションに望んだ。
けれど、合格の通知がこなくてね……
もうすっかり諦めてた。
だから、監督の井浦さんから連絡をもらった時は、もう本当に嬉しかったの。
『是非、あなたにこの役をお願いしたいのです』
電話越しではあったけれど、とても人の良さそうな感じのする人で……
誰にも映画に出演することは言ってはいけないことになっていたから、私は溜まっていた有給を全部消化して、撮影が行われるとある地方のとある村を訪れた。
最初はすごく不安だったわ。
こんな田舎の村で、映画の撮影なんて、本当にやっているのかって。
だって、人っ子一人歩いていないような、田んぼだか畑だらけの本当に田舎の村だたのだもの。
第一村人発見!とか、そういう感じ。
建物の作りもなんだか古いし、集合場所になっていた公園にたどり着くまで、何度も騙されているんじゃないかと不安になったくらいよ。
人が住んでいる雰囲気がまるでなかったのよ。
「お待ちしておりました。監督の井浦です」
だからまぁ、公園の真ん中にすらっとしたスーツの男が立っていたのには驚いたわ。
映画の監督ってこう、勝手なイメージだけど無精髭を生やして、黒いジャンパーを着ているなんて思っていたけど……
「御供仁美です。よ、よろしくお願いします」
井浦監督は笑顔が素敵な、好青年だった。
「あの、他のスタッフの方は?」
「先に現場に行っています」
「え? それじゃぁ、私、もしかして遅刻を……!?」
慌てて時間を確認したけれど、集合時間より十分も前。
「いえいえ、遅刻だなんてそんなことはありませんよ。現場に着く前に少しお話ししたかったので……歩きながらお話ししてもいいですか?」
「え、ええ」
「坂道が続くので、疲れたらすぐにおっしゃって下さいね」
現場まで歩いて行く間、井浦監督とどんな話をしたか、なんて正直なところあまり覚えていないの。
多分、家族構成とか、普段の生活とか、そういう当たり障りのない会話だったと思うけれど……
なんだか、若い男の人との会話なんてすごく久しぶりで、嬉しかった。
デートでもしているような、そんな気分になったわ。
でも……
「ここです。撮影は基本的にこの家の中で行います」
たどり着いたその家が、あまりに怪しくて、そんな気分はすぐにぶち壊しになったわ。
私、昔からわかるのよね。
この家、絶対、何かいる。
幽霊……とか、そういうの。
「あの……確認するのをすっかり忘れていたんですが、この映画のジャンルって…………もしかして————」
「ジャンルですか? ホラーです」
井浦監督はその家の雰囲気とは真逆のような、爽やかな笑顔でそう言った。




