家族ごっこ(2)
人じゃない。
お化けだって思った。
逃げなきゃって思うのに、怖くて、足が動かない。
すぐに引き返すべきだ。
何も見なかったことにして、家に帰ろう。
お母さん、助けて……って、そう思ったのに、うまくいかなかった。
歩くって、走るってどうやるんだっけ?
急にわからなくなった。
怖くて、気持ち悪くて、見たくないのに、目が離せない。
どうしよう。
僕はものすごく困った。
女の人の口の端が、どんどん上に吊り上がっていく。
人間じゃありえないほど大きな口になった。
口裂け女?
いや、でも、なんで口裂け女が公園にいて、僕と家族ごっこなんてしたがったんだろう?
わならない。
わからないけど、その大きな口で、僕を食べようとしているような、そんな気がした。
怖くて、ぎゅっと目を閉じたその瞬間————
「隆彦くん?」
「えっ!?」
突然、後ろから肩に手を置かれ、声をかけられた。
振り返ると、そこには井浦くんが立っている。
井浦くんは、最近引っ越してきたお姉ちゃんの同級生だ。
お姉ちゃんが、転校生がすっごくハンサムだって言っていたから、覚えてる。
マッチよりもいい男だって。
一度、お姉ちゃんと一緒にいるときに偶然ばったり会って、自己紹介した。
たったそれだけの関係だったのに、僕の顔と名前をちゃんと覚えていたみたい。
「やぱりそうだ。こんなところで立ち止まって、どうした? 公園に遊びに来たのか?」
「そうだけど、違う……! あそこに、ブランコの前に変な女の人が立ってて」
僕は井浦くんに助けてもらおうと、ブランコの方を指差した。
「あ、あれ?」
だけど、不思議なことにもう、そこには誰もいない。
いつの間にか、口裂け女はいなくなっていた。
「さっきまで、いたのに……」
「いた? 何か、あそこにいたのか?」
「うん、髪の長い女の人、首がぐるんってなって、笑ってたんだよ!! そしたら、口裂け女みたいにどんどん口が大きくなって」
僕は井浦くんに今見たことを全部話した。
この間の、家族ごっこのことも。
井浦くんは僕の話を馬鹿にしたりせず、真剣に頷きながら聞いてくれた。
背だって、僕よりうんと高いのに、僕の目線に合わせて、しゃがんでくれた。
すごくいい人だと思った。
確かに、お姉ちゃんが言っていた通りマッチよりかっこいい。
なんだかとても頼りになるお兄ちゃんができたような、そんな気がした。
「このままじゃ危険だな」
「え……?」
井浦くんはそう言って、立ち上がると僕の手を掴んだ。
「君は口裂け女が見えたんだろう? そういう不思議なものが見える子供には、あいつらは悪さをしてくるんだ」
「あいつら?」
「いわゆる、幽霊や妖怪ってやつだよ。あいつらは、普通の人には見えないけど、たまに君のように見える子を見つけると、悪さをしてくるんだ」
「ど、どうして?」
「見えるからだよ。見えない人間にいたずらしても、意味がないだろう? あいつらは、子供を怖がらせるのが好きなんだ」
「そ、そうなの?」
「そういうものだよ。でも大丈夫。俺はそういう悪いものの対処法を知っているから。教えてあげるよ。とりあえず、俺の家に行こう」
僕は井浦くんに手を引かれ、井浦くんの家に向かった。
どこの家に住んでいるのかまでは知らなかったけど、井浦くんの家は坂を少し登った先にあった。
確か、少し前に通った時は空き家の看板が立っていた家だ。
誰から聞いた話か忘れちゃったけど、一家心中ってやつで家族みんないっぺんに死んじゃったんだって。
お父さんが何かの仕事で失敗したって聞いたな。
この家も幽霊が出るんじゃないかって、最初は怖かった。
でも、中に入っても何も怖いものは見えたりしなかった。
「お家の人は、誰もいないの?」
「いないよ。もう少し遅い時間になったら、帰ってくるけど」
二階建ての大きな家なのに、今は井浦くん一人しかいない。
あまりものも置かれていなくて、なんというか、生活感がない。
僕のうちなんて、洗濯物が干しっぱなしだったり、脱いだ服が抜け殻のように床に落ちているのに、この家はすごく綺麗だった。
「そこに座って。麦茶しかないけど、飲むかい?」
「う、うん」
居間のソファーに座って待っていると、井浦くんは透明なコップに麦茶を注いで持って来てくれた。
そして、僕の向かい側に座ると、ローテーブルの上にノートを一冊置いて、何も書かれていないページを開いてみせる。
「公園で見た口裂け女が、どんな風だったか絵に描いてくれるか?」
「う、うん」
渡された鉛筆で、僕は一生懸命、口裂け女を描いた。
その間、井浦くんは僕に色々な話を聞かせてくれる。
幽霊と目があった時の対処法。
もし、話しかけられても決して返事をしちゃいけないこと。
人間と同じで、知らないものについて行くのはとても危険だということ。
それから————
「怖いのは妖怪や幽霊だけじゃない。人間もだ。君のように、霊感のある子どもって、狙われやすいんだよ」
「狙われる?」
「そう、たとえば、何かの儀式とか」
「儀式?」
「霊感のある子どもの方が、人身御供に適してるって考えもあるんだ」
ある村で行われている、儀式の話。
「例えば、蘇らせたいのが子供だったなら、その子供に似た背格好の子供を使うんだよ。それと、蘇らせたい子供の体の一部を混ぜるんだってさ」




