おうちかくれんぼ(3)
床下の扉を開ける。
そこから出て来たのは、半分だけ土に埋まった子供の骨だった。
驚きすぎて、声も出ない。
104号室の住人が、四十年もこの部屋で暮らし続けた理由。
この部屋だけ、自分でリフォームすると嘘をついていた理由。
それが一目でわかった。
不思議なことに、俺がその骨を見つけた時には、もう子供の声は聞こえなくなっていた。
もちろん、影のようなものも見えなくなった。
すぐに警察に通報し、到着を待っている間、きっと、あれはこの子供の霊だったのだろうと思った。
「何が、死んじゃうだよ。死んでるじゃないか」
* * *
「————いやぁ、なんだか大変なことになりましたね」
翌日、事件のことを知った管理会社の井浦という男が俺の家に来た。
担当者は一報を受けて体調不良となり、とても出勤できる状況ではなかった為、代わりに来たそうだ。
殺人事件……かどうかはまだ定かではないが、少なくとも死体遺棄という犯罪が行われたアパート。
もう幽霊は出ないかも知れないが、事故物件になってしまった。
警察の捜査が終わり次第、早々に立て壊したほうがいいだろうと、井浦は全く大変そうだとか、亡くなった子供が気の毒だとか、そういう雰囲気は一切なく、どこかのんびりとした口調で、今後のことについて話を始める。
「おそらく、犯人は104号室にお住まいだった————家下育男さんで間違いないでしょう。犯人はすでに死亡していますし……捜査にそこまで時間はかからないと思いますよ?」
「それは、そうかも知れないですけど……でも、どうしてその家下さんは、子供をあんなところに」
家下さんは、祖父の友人だったと聞いている。
だからずっとあの部屋を貸していたし、リフォームの時だって、家下さんの勤めていた会社に任せたんじゃないのだろうか。
祖父が子供の死体をあんなところにずっと隠したままにしているような、犯罪者の友人だったというのが、孫としては腑に落ちない。
俺にとって、祖父は尊敬できる人だった。
祖父はきっと、知らなかったのだと思う。
そう思わなければ、納得ができなかった。
「それに、見つかった子供————タカちゃんがどこの誰なのか……できれば、親御さんの元に返してあげられたらいいんですが……」
「それは警察の仕事ですよ。我々には関係のないことで……って、今、なんて言いました?」
「え?」
「タカちゃん? 見つかった子供の名前ですか? どうして、それを?」
井浦は俺がタカちゃんと名前を口走ってしまったのがとても気になったようだ。
目を大きく見開いて、じっとこちらを見ている。
確かに、骨しか見つかっていないはずなのに、名前を知っているこの状況はおかしい。
子供の性別すら、警察からまだ何も聞かされていないというのに……
「それに、あの子供が家下さんの子供————という線は考えなかったのですか?」
「それは……」
自分でも、余計なことを言ってしまったなぁと思いつつ、それでも、信じてもらえるかわかりませんが、と前置きをして、俺は昨日の出来事をそのまま話した。
「なるほど、それで、その子供の霊が、タカちゃんだと思ったんですね?」
「ええ、だって、状況的にそういうことでしょう?」
井浦はぽりぽりと頭を掻きながら、続ける。
「うーん、確かに、その状況ならその子供の霊が自分を見つけて欲しくて————と考えられますが……家下さんのお子さんはタカちゃんじゃなくて、ユウちゃんだったはずなんですが」
「え? 家下さんに子供がいたんですか?」
「おっと、失礼しました。うっかり口を滑らせてしました」
井浦はわざとらしくそう言って、口元を手で覆った。
だが、俺が詳しく聞きたいと言うと、簡単に全て話してくれた。
初めから、隠すつもりなんてんかったように感じてしまうほど、簡単に。
「先代の社長から聞いた噂話ですよ。家下さんには若い頃に奥様に息子のユウイチくんを連れて逃げられたそうです。しばらく奥様とは音信不通になってしまったそうですが、なんとか二人を見つけて、ユウイチくんとは定期的に面会できるように決まったのだとか。その後、あの104号室に引っ越してきて」
八月の暑い夏の日。
ユウイチくんは、アパートの前の道路で車に轢かれて死んだらしい。
家下さんが仕事で少し出かけている間、近所の子供達とかくれんぼをしていて、駐車場に隠れていたそうだ。
帰って来た家下さんがそのことに気がつかず、轢いてしまったらしい。
救急車が到着した頃には、もう手遅れだった。
「でも、それならユウイチくんの遺体は? 葬式はしていないんですか?」
「あぁ、そうですよね。お葬式はしています。でも……そうか。今はみんな火葬ですもんね……」
床下から見つかった子供の骨は、火葬したものとは明らかに違った。
俺は、祖父の葬儀で見たから知っている。
焼かれた骨は脆くて、崩れやすい。
あれは、絶対、ユウイチくんのものじゃない。
そしてさらに数日後、俺は警察から衝撃的な事実を聞かされる。
104号室の床下から見つかった骨は、一人じゃなかった。
身元不明の五歳〜七歳くらいの男の子と、一度火葬された骨の一部が見つかったのだ。