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家族怪議  作者: 星来香文子
おうちかくれんぼ
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おうちかくれんぼ(2)

 すぐに振り向いたが、誰もいない。

 当然だ。

 俺以外、誰もいるはずがない。

 たった今、靴を履くために背を向ける直前まで誰もいなかったのだから。

 家具の一つもない、空っぽの部屋には何もない。

 ただ、西日が差し込んでいるだけだ。


 きっと、このアパートに面している道を子供が歩いているんだろう。

 そう思って、履きかけた靴を脱いで、窓から外を見た。

 俺の思った通り小さな男の子と母親の親子が手を繋いでいる後ろ姿が見えた。


『ふふふっ』


 ところが、今度は玄関の方からまた子供の声が聞こえた。

 それも、バタバタと、小さな子供が走るような足音も……


 当然ながら、玄関に子供がいるはずがない。

 さらに妙だったのは、革靴だ。

 片方だけ無くなっている。


「は?」


 どういうことだと、パニックになりそうだった。

 なぜ片方だけになっているのか、意味がわからない。

 下駄箱の下にある隙間に入ったのだろうかと、かがんで下を覗き込んだ。


『はははっ』


 今度は頭上から声がして、立ち上がると下駄箱の上に革靴がひっくり返って置かれていた。

 確かにさっきは慌てて脱いだが、いくらなんでも、これはありえない。

 何が起こっているのか、本当にさっぱりわからなかった。

 だが、子供の笑い声と足音がまた聞こえて、それは玄関のドアの向こう側からしている。


「子供のいたずら……? いや、でも————」


 玄関のドアが開け閉めされたような音は聞こえなかった。

 一体どうなっているのか……

 その時、俺の脳裏に管理会社の担当者から聞いた話が頭をよぎる。

 騒音トラブル。

 それも、子供の声や足音だ。


「…………まさか、幽霊?」


 そうだとしても、ここが事故物件だとは聞いていない。

 104号室の住人以外でも、過去にこのアパートの住人が亡くなったことはあるだろう。

 けれど、俺が聞いた話ではどれも老人の話だ。

 高齢の男性。

 一人暮らしの老人が、病気や不慮の事故で亡くなった。

 こういう場合、何か出るとしたら、老人の霊だろう。


 昔から、心霊系の番組は嫌いじゃない。

 むしろ、興味があって、怖いもの見たさでよく見てきた方だ。

 最近は、そういう系の番組はコンプライアンスがどうのこうので、あまり放送されなくなったが……


 こういう体験を実際にしたのは初めてで、もろん怖さもあった。

 だが、見れるものなら、見て見たい。

 妙な高揚感が、俺を突き動かした。


『あはははっ』


 再び子供の笑い声が聞こえた時には、玄関から飛び出していた。


「どこだ!? どこにいる!?」


 俺は笑い声や足音を追いかけて、探し回った。

 二階204号室、次は隣の203号室から足音がして、次は202号室。

 201号室、階段。

 101号室、102号室、103号室と目には見えないけれど、確かに子供の声と気配がそこにあるような気がした。

 逃げるのがうまい友達と、鬼ごっこをしているような気分だったが、姿が見えないのだから、もしかしたらかくれんぼでもあるのかも知れない。

 そういえば、祖父が元気だった頃は、よく二人でこんな風にかくれんぼをしたな。

 共働きの両親の代わりに、遊んでくれたのはいつも祖父だった。


 一度、このまま誰にも見つからずに、死んでしまうのではないかと思ったことがあったのを、ふと思い出した。

 和室の押入れの床下に扉があって、多分あれは、床下の点検口か何かだったと思う。

 そこから出られなくなって……怖くなって泣いていたのを、祖父が見つけてくれたんだ。


『あはははっ』


 まだ鮮明に覚えている。

 あの時、俺を見つけた祖父の顔は真っ青だった。

 よっぽど俺を心配していたんだろう。


『ふふっ』


 子供の笑い声は、104号室の中から聞こえて来た。


「ほら、ここで最後だぞ」


 そう言って、ドアを開けると、子供の足音は、和室の方へ。

 窓から差し込むオレンジ色の夕日が眩しくて、一瞬、目が霞む。

 顔に日光が当たらないように、左側を手のひらで覆いながら、押入れの前に立った。


『へへへっ』


 その瞬間、目の前に影のようなものが見えた気がした。

 黒くて、小さい。

 幼稚園か、小学生の低学年くらいの男の子————なんとなくだが、そんな気がした。


『ここだよ』


 今度は、はっきりと子供の声でそう聞こえた。

 そして、その影は、押入れの襖を指差しているように見えたんだ。


『ここにかくれてるよ』

「隠れてる? 誰が?」


 ああ、俺、幽霊と会話してる。

 俺はこの状況に感動していた。

 不思議と、怖くない。

 だって、相手は子供の霊だ。

 ただ、なんとなく、悪いもののようには思えなかった。


『タカちゃん』

「タカちゃん?」

『タカちゃん、ここにいるよ。はやく、はやく、みつけてあげて。死んじゃうよ』

「死ん……え?」


 恐る恐る、押入れを開ける。

 何も入っていない。

 空っぽの押入れ。

 カビ臭い、古い板を貼っただけの押入れ。


 だが、扉があった。

 俺の家と同じ、床下にある扉があった。


『タカちゃん、はやく、みつけて』


 子供の霊は、俺に訴える。


『死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃうよ死んじゃ』


 何度も、壊れた機械のように、繰り返した。

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