9 「ワイドと手合わせ」
時は遡る。学園長室でノスが言った頼み。
「それは、ワイド・フラエイを叩きのめしてくれ。容赦はしなくていい。頼む」
「おっ?すごい頼みですねー」
頼みを聞いてカグヤが少し考えているとき、メビウスとウェルはノスが正気なのかを疑う。
「学園長、本気ですか?」
「教師が生徒に暴力を振るうことは学園の規則に反してます。考え直しを」
教師が生徒に暴力を振るうなど、教師が絶対にしてはいけないことだ。
(それ以外に解決策がないのか。うーん、ないか)
どんなに考えても無駄だと判断したカグヤ。
「ほんとにいいんですね?」
ノスは頷くが、メビウスとウェルは否定する。
「ダメよ。他に方法はあるはず」
「カグヤ、規則違反なんだ。だから……」
「二人には関係ないです」
これ以上話し合っても解決しない。二人は黙ってしまい申し訳ないと思う。
「それでは頼んだ」
「了解です」
ウェルの合図と同時にワイドは身体強化の魔法を使い、カグヤとの距離を一気に縮める。木刀をカグヤに当てようと振ったが、カグヤが木刀で弾き、ワイドは手から木刀を手放す。
「は?……づっ!?」
ワイドの顔面に木刀が叩く。ワイドは顔面を抑えながら後ずさる。魔法で強化していなければ骨折していた。
カグヤはワイドに容赦なく木刀を叩き続ける。ワイドは防ぐことができずにただ叩かれるだけ。
「うっ!?やめっ!?……ろ」
「……」
ワイドの言葉を聞かずに黙々と木刀を振る。そして、魔法が解けたのかワイドの体からなにかが折れる音が聞こえる。
「うあっ!?づっ!?や……め」
「……」
ばきばきとワイドの骨が折れる。ワイドは痛みに叫ぶことができずにカグヤに木刀で叩かれている。カグヤはワイドの頭に木刀を叩こうとしたがウェルに止められる。
「そこまでっ!」
「……ふいー」
「……」
ボロボロになったワイドは前に倒れ、また一つ、骨の折れる音がした。周りにいた生徒達はなにも喋らずに青ざめて見ていただけだった。
「こーれはひどい。骨折れすぎ。まあ、魔法でどうにか治ると思うからいいけど。ウェル先生、止めてくれてありがとうございます」
「当然のことをしただけだ」
複雑そうな表情でカグヤに近づくウェルに苦笑する。止めていなかったらワイドは確実に死んでいた。カグヤは気絶で済んでよかったと安堵する。
「あーっと、治癒魔法使える人いるかな?俺、魔法使えないからさ。頼むよー」
生徒達を安心させるように緩い声で言うが怖がられる。
カグヤは肩をすくめる。
「あ、あの」
手を挙げた女子生徒がいた。
「おっと?使える感じ?」
「はい、任せてください」
「助かるよ。あんがと。えーっと、君は……あれ?」
ワイドに近づき、治癒魔法を使う女子生徒にカグヤは見覚えがあるような気がした。赤い髪に黄色の瞳。
「フレイス王国の王女様であるアリス・フレイス様だ。アリス様、ありがとうございます」
「いえ、大丈夫ですよ」
「アリス様ね……うーん?まあ、いいか」
ウェルが小声で教えてくれたが、考えるのをやめてウェルに聞く。
「授業はどうします?再開ですか?」
「続ける。皆、手合わせを」
ワイドとアリス以外の生徒達は戸惑いながらも手合わせを続ける。
「カグヤ先生は二人を頼みます。俺は生徒達を指導してきますので。お願いします」
「分かりました」
ウェルは手合わせをしている生徒達のほうへと向かう。カグヤは呑気に欠伸をしていると一人の男子生徒が来た。
「あのときはありがとうございました。カグヤ先生」
「いいってことよ。あっ、木刀返すよ」
「ありがとうございます。では」
「頑張ってねー」
カグヤに頭を下げてお礼を言い、生徒達のところへ向かう男子生徒。彼に手を振りながら応援する。
「どうかな?治りそう?」
「時間はかかりますが、授業中には治せます」
アリスが右手を翳していて、ワイドの体は緑色の光に包まれている。
「そっか。アリス……様から見てワイドにどういう印象があるかな?」
「暴力的な方と認識しています」
「暴力的か。たしかにそうだね。ワイドの家系は悪質なんてことがあるし、学園側も苦労してるんだよ」
「そうなのですね」
治療が終わったのかワイドを包んでいた緑色の光はなくなる。アリスはため息をし、カグヤを見る。
「終わったので私も行ってきます。それでは」
「うん。頑張ってー」
アリスの背中を見て、手を振る。ワイドは瞼を開けて、ゆっくりと立ち上がり、カグヤを見ると青ざめながら後ずさる。
「やっほ。体の調子はどうかな?」
「て、てめえ!?覚えてろ……っ」
「どしたん?震えてるけど?まだ、痛いかな?」
「う、うるせえ」
ワイドは声も体も震えている。カグヤに叩きのめされたことは記憶にあるらしい。チャイムが鳴り、授業の終わりを告げる。
「皆、そこまで。次の授業へ」
生徒達は返事をして木刀を戻して訓練場を離れる。ワイドも木刀を戻して次の授業のところへ向かう。
「はん。終わったー、戻って寝よ」
カグヤも訓練場を離れて自分の研究室へと向かう。訓練場にはウェル一人。
「カグヤ、大丈夫だろうか」