8 「授業観察」
ドアのノック音でカグヤは瞼を開け、起き上がる。
「うーん、メビウスかな」
ドアを開けるとメビウスがカグヤの服装を見て不満そうな顔をしていた。
「おはよ。どしたん?そんな顔して」
「今、六時よ。早く着替えて」
「六時?早くない?二限目はちゃんと行くよ?」
「いいから着替えて。早く」
ドアを閉めて着物に着替える。カバンを持ってドアを開け、鍵をかける。
「ついて来て」
「うっす」
眠気に抗いながらメビウスと廊下を歩く。生徒達はいなく、静かだ。
「どこ行くの?」
「学園長室よ。そこで話があるから。寝ないでね?」
「はいはーい」
学園長室の前に着き、メビウスがドアをノックする。中から「入れ」とノスの声が聞こえる。
「失礼します」
「おはようございまーす」
学園長室には、ノスと一人の男性が座っていた。男性はカグヤを見て驚く。カグヤも男性を見て少し驚く。
「カグヤだよな?」
「おー、久しぶりです。ウェル先生」
座っていたのはウェル・クラットだった。
カグヤとメビウスはウェルと向かい合うようにソファに座っている。
「なぜ、カグヤが?」
「そりゃあ、学園長に教師になれって言われたんですよ。驚くのも無理はないですね。というか、学園長、ウェル先生や他の教師達に言ってなかったんですか?」
カグヤが教師になるのは、学園の教師全員が知っていることだと思っていた。しかし、違ったらしく、ノスは首を横に振っている。
「お前が教師にならない可能性があったからな」
「それでですか。それは分かりましたけど、今日、ここに集まったのは?」
「最近のワイド・フラエイの行動だ」
カグヤはワイドのことを知らず、困惑した表情を浮かべる。カグヤ以外は難しい表情をしている。
「彼の行動は悪化していますね。授業態度に生徒への暴力、特に平民の生徒に」
「剣技の授業では容赦がなく、生徒に骨折させたことがあり、謝りもせずに罵倒をしていました」
ワイドの行動にカグヤは引いている。
「退学させないんですか?」
「それができるならいいのだがな。あいつの家系は厄介でな。気にいらない者には権力を使って自分が都合のいいようにするからな。難しいんだ」
「権力ね。はいはい。俺、貴族嫌いですよ。すーぐ権力使うんですもん」
カグヤは頬杖をつきながら悪態をつく。
「それにそのワイドって生徒がしてるの他の貴族もしてますよね?例外はいますけど」
カグヤはメビウスを見て微笑みながら言う。
「そうだが、他の貴族よりも悪質なんだ。俺にはどうにもできない」
ノスは瞼を閉じてため息をする。苦労しているのだろう。
「解決できそうにないですね」
カグヤはゆっくりと立ち上がりながら言う。
「カグヤ?」
「話は終わりましたよね?解決策がないなら諦めたほうがいいと思いますけど」
背伸びをして学園長室から出ようとするが、学園長に止められる。
「カグヤ、そこでお前に頼みがある」
「うん?なんでしょうか?」
「それは……」
その後の言葉を聞いたカグヤは驚く。カグヤだけではなく、メビウスとウェルも驚いていた。カグヤは少し考え、頼みを受けることにした。
「了解です」
現在、二時限目が始まる数分前。カグヤは欠伸をしながら訓練場を探索していた。
「広いなー、あのときと変わってないかな」
一本の木刀を持って呑気に言う。
「おお、早いな。カグヤ」
ウェルが訓練場に来た。木刀を戻して辺りを見渡す。
「なんか早く来ちゃいました。楽しみにしてたんですかね?自分でも分かってなくて」
「思い出すな。俺がお前に負けたのを。また、強くなってるんじゃないか?」
「さあ?どうでしょうか」
会話をしていると、続々と生徒達が来た。生徒の数は十六名。その中にはワイドがいた。退屈そうな表情をしていた。そして、チャイムが鳴る。
「皆、今日からもう一人、剣技の担当教師になる人がいる。自己紹介をお願いします」
「どうも、カグヤって言います。家名は言わないようにしてるんで。あと、気楽に話しかけてくれると嬉しいかな。よろしくー」
「ありがとうございました。カグヤ先生。それでは、前回の続きからだ。皆、木刀を持て」
生徒達は返事をして木刀を取っていく。そして、素振りを始めた。カグヤは少し離れたところで観察する。
(えーと、ワイドは……いた)
木刀を力強く振っている。近くにいる生徒は若干怯えながら木刀を振っているように見える。
(なにを教えようかな。俺の剣技は参考にならないんだよなー)
瞼を閉じて考えていると、ウェルが指示を出した。
「そこまで。次は手合わせだ。二人組になれ」
生徒達は二人組を作り始めた。ワイドの相手は近くで怯えていた男子生徒だった。
「よし。では、それぞれ始めろ」
生徒達は手合わせを始めた。ワイドは木刀を地面に叩きながら相手を見る。
「今回はお前がサンドバッグか。なに、死なせはしねえから安心しな。ボコボコになるだけだ」
「……よろしくお願いします」
不穏な言葉を聞いた男子生徒は木刀を強く握り締めて構える。
「覚悟しろ」
そこからは一方的だった。ワイドは木刀を容赦なく男子生徒に強く叩き込み、数秒で男子生徒はボロボロになってしまい、倒れる。
「なんだ。もうおしまいか?ああ?」
「だっ!?」
男子生徒に木刀を強く叩く。これではただのいじめになっている。
「そこまで。もういいよ。君の勝ちだから」
「ああ?邪魔すんな!」
ワイドがカグヤに木刀を当てようとするが、カグヤは木刀を掴み、ジト目でワイドを見る。
「危なかったよー、ワイド。容赦ないね。あっ、君は離れて」
「は、はい」
男子生徒は急いで離れた。それを確認したカグヤは木刀を離す。
「人をサンドバッグって呼ぶのはダメだと思うなー」
「うるせえ。俺の勝手だろうがっ!」
「おっと」
木刀を避けて、滑り込むようにワイドの背後に動き、拳を強く握り締めて背中を殴る。
「ていっ」
「がっ!?」
ワイドは倒れそうになるが踏ん張り、カグヤを睨む。カグヤは自分の手の心配をしている。
「この授業だと身体強化の魔法だけは使えるんだっけ?少し硬かったな」
「てめえ!ふざけんな。俺と勝負しろ。ボコボコにしてやるよ」
「マジかー、君、木刀貸して」
ワイドの相手をしていた男子生徒に近づく。
「はい……気をつけてください」
「はいよ。ありがと」
周りの生徒達はざわつき始める。
「ウェル先生、審判お願いします」
「分かりました」
ウェルが近づき右手を挙げる。
「覚悟しやがれ」
「……」
二人が構えるのを見てウェルは挙げた手を下げる。
「始めっ!」