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『成人してまで学生服着てるなんて……』


 学生の僕と社会人の早乙女さん。


 多忙を極める早乙女さんは、平日に時間を取れるわけもなく。


 二人とも時間が合う曜日があるとすれば、それは週末である土日しか無いわけで。


 毎週土曜日に会うのが、僕と早乙女さんの毎週の楽しみになっていた。


 今週は一人では気後れして入れなかった、アフタヌーンティーを楽しめるちょっとお洒落なカフェにやってきた。


 スタンドに乗せて運ばれたスイーツに目を輝かせながら、僕たちは会話に花を咲かせる。


「…………ってことがありまして、やっぱり女性の方ってどっちにも精通してるなあと思ったんですよね」


「……へえ、そうなんだ~」


 もっぱら学校であったことを話すことが多い。多いのだけれど、いつも何処か遠い目をしているのが気になってしまう。


「……どうかしました?」


 早乙女さんの目の前で手をひらひらと振ってみると、彼女の目はようやく僕を捉えた。


「う、ううん。なんでも」


 取り繕うように笑う表情を見ると、これ以上追求できなくて。僕としては話題を変えるしか手は無かった。


「早乙女さんはこの平日どうでしたか?」


「――――」


 あ。


 表情が固まった。


 カタカタと震えながら、早乙女さんは口を開く。


「……議事録を編集してクラウドに保存して、電話応対してる最中なのに……まとめるファイルが山積みにされて……ようやく全部終わったと思ったら、議事録が勝手に間違ったファイルに上書きされて、編集し直して……」


 そう言う彼女の目は、死んでいた。


 社会人って大変なんだなあ、と早乙女さんを見ていたらしみじみと思う。


 我を取り戻した彼女は、慌てて笑みを戻してこう言った。


「毎週の五十嵐くんとのお出かけを楽しみに、頑張ってます」


「……本当ですか?」


「え?」


 この際だ、常々感じている疑問をぶつけてみることにしよう。


 僕は早乙女さんの趣味を知らないし、逆に言えば僕も自分の趣味を彼女に伝えたことはない。


 奇縁から交友関係を結ぶことになった僕たちだけれど、共通の話題というものが実は無い。


「毎週、こうして会って話している度に、何処か遠い目をしてる気がするんです」


「そ、そんなことは……」


 じっと目を見つめていると、観念したように息を吐いた。


「正直なこと、言っていい……?」


 黙って頷いて、先を促す。


 上目遣いに僕をチラリと見て、目の前の紅茶に少しだけ口をつけた。


「…………話が、全然わからないの……!」


「………………わから、ない?」


「うん、流行りの歌手とか……グループとか……男女問わず、何もわからないの……っ!! 仕事してると、そういう流行り物にアンテナを広げる時間が全然無いの……っ!!」


 …………あ~。


 確かに、僕も自分一人だと全然わからないのかもしれない。


 僕は普段、男子と共にいると身の危険を感じるため、瀬戸くんがいない時は女子の中に紛れ込んでいたりする。


 それはそれで男らしくないと情けなく感じることもあるけれど、背に腹は代えられない。


 女子の中にも危険な人物はまぁまぁ潜んでいたりするので、見極めるのが大切だけれど……。それは長年培った技術で、自然と見極められるようになった。


 紛れ込んだ成果と言うべきか、多少偏りはあるものの大衆の流行り廃りの情報は割と収集できている方……なんだと、思う。たぶん。


「だから、だからね。そういう話を聞くたびに『ああ、私もおばさんになったんだなあ』って思っちゃうの……!」


「……早乙女さんって、今いくつなんですか?」


「……にじゅういち」


 まだまだおばさんには程遠い年齢だった。


 僕が今年十七だから……四歳差かぁ。


「大丈夫ですって! まだまだ若いですよ、なんなら、今度高校の制服着て来ますか?」


「いや、無理……社会的に死んじゃう……。成人してまで学生服着てるなんて……なんかのプレイなのかって感じ……」


 確かに。いや確かにじゃなくて。ええと……。


「今だって、周りの人からはどう見えてるんだろうね? 友達じゃなくて、五十嵐くんをお金で買ってるいかがわしいものに見えてるのかも? ママ活だっけ?」


 その物言いには、少しだけカチンと来た。友達じゃない?


 我慢しようかと考えたけど……やっぱりやめた。


「僕は、早乙女さんと友達になれて良かったと思ってるんです」


「え?」


「最初は男らしくなりたいから、っていう下心……? があったからですけど、断ってくれて、友達になろうって言ってくれて、嬉しかったんですよ?」


 女子の中に紛れ込んでいるのは、あくまで避難であって、友達と話しに行っている訳じゃあない。


 今の僕に友達と呼べるのは、瀬戸くんと早乙女さんだけなのに。なのに、そんなことを言われるなんて……。


「僕を助けてくれた早乙女さんは、そんなことでくよくよ悩んだりする人じゃありません!」


 ……言い過ぎたかな? ケンカだけはしたくないけれど……。


 だけど、僕たちは友達だ。胸を張ってそれは言い切れるのに……そんなことで悩まないで欲しい。


 俯いたままの早乙女さん。……やっぱり、言い過ぎた?


「……うん、そうだよね。ごめん」


 ところが、僕の予想とは違ってペコリと頭を下げられた。


 そんなに素直に謝られるとは思っていなかったので、ちょっと面食らってしまう。


「にしても、見た目は女っぽいのに……たまには男らしいこと言えるんだね」


 微笑みながら言うその姿は、思わず見惚れてしまうほど綺麗で。


 肝心の男らしいという部分がまったく頭に入ってこないほど、早乙女さんの笑顔で頭がいっぱいだった。


「さっ、食べよ食べよ」


 スタンドに手を伸ばし、同じものを二個取る早乙女さん…………って。


「一個は残しておいてくださいよっ」


「あはは、早いもの勝ちなんだからね?」


 騒ぎながらスタンドのお菓子を奪い合うその姿は、落ち着いた雰囲気のカフェには全く似つかわしくなかったけれど。


 友達同士がじゃれあっているようには見えたはずだ。僕はそう確信していた。



――――――――――



 若干の白い目に苛まれながらも、二人楽しく、そして美味しくいただいたアフタヌーンティー。


 その後は街をブラブラと散策していると、目についたのは書店。


「ちょっと寄っていってもいいですか?」


「うん、もちろん」


 そうして書店内へ。向かった先は漫画コーナー。


 お目当ての新刊を数冊手に取って、少女漫画コーナーへと向かった早乙女さんを探す。


 彼女はすぐに見つけることが出来た、中央通路にある少女漫画の新刊コーナーに立っていたから。


 手には一冊の本。それは、僕も知っているタイトルだった。


「あ、それ見たことありますよ」


「うわぁっ!?」


 僕がいきなり横で話しかけてしまったことに驚いたのか、視線を集めかねない大声だった。


 早乙女さんは手に持った漫画と僕を見比べて。


「やっぱり、こういうのも読むんだ?」


「やっぱりってなんですか、やっぱりって。母が持っていたのを読んだことがあるんです」


「そっかぁ。どうだった?」


「面白かったですよ。主人公の友達の女の子が好きでしたね、カッコよくて」


 僕がそう言うと、早乙女さんは物凄く距離を詰めてきた。


 新刊を胸に抱いて、僕に顔を寄せて。


「だよね!?」


 そう言う彼女の顔は、いつものカッコいい女性ではなく、まるで少女のような明るい表情だった。


「私も好きなの、この漫画は一巻からずっと買っててね、なんと全部初版なんだよ?」


「凄いですねそれ」


「でしょ!? 実はね、実は…………って、こんな話楽しくないよね」


 急にいつもの調子に戻る。


「いえ、聞きたいです。聞かせてください」


 僕は先を促すけれど、早乙女さんは少し上を見た後、僕を見て悪戯っぽく笑って、こう言った。


「また今度ね」


 それから先は追求することが出来ず、夕方ということもあって解散することに。


 来週こそ絶対聞くぞ、と胸に誓って帰路につくのであった。

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