『お酒の席で仕事の話題って、酒が不味くなるってもんでしょ』
そうしてやってきたのはいつかのファミレス。
僕と瀬戸くんは隣り合って座り、その向かいには早乙女さん。
汗をかいたことよって乾いた体を、お冷で潤している間に瀬戸くんは今回の経緯を説明していた。
「……というわけで、俺が絡まれたのが飛び火しただけなんで」
身振り手振りで説明していて、向かいの早乙女さんは真剣な顔で話を聞いて頷いている。
口を挟む余地のない僕は黙って眺めていることしか出来なかった。
黙ってお冷をコクコクと飲んでいると。
「じゃ、俺は帰りますんで」
瀬戸くんはおもむろに席を立ち上がった。
「えっ! 瀬戸くんが会いたいって言ったんじゃ!?」
「え、そうなの?」
僕と早乙女さんの視線は瀬戸くんへ注がれる。けれど、視線の先の主は特に気にした風でもなさそうに鼻の頭を掻いていた。
「ああ、でももう会ったし」
会ったし、って……まだ顔を合わせたレベルなんだけど?
瀬戸くんは自分の財布を取り出して、千円札をテーブルの上に滑らせる。
ドリンクバーを頼んだはいいけど、何も飲んでいない。せっかく頼んだのに……。
「捕まってたお前を助けてくれた時点で、俺としては目的は達したようなもんだ」
明るく笑いながら、早乙女さんへと視線を向けて軽く会釈。対して彼女の視線は鋭くなっていった。
僕の知らないところで、二人で会話出来ているように思えるんだけど。何もわからないのがもどかしい。
「つまり、私が五十嵐くんを騙してるんじゃないかっていう確認だったっていうわけね」
「え?」
瀬戸くんへと視線を注いでいたのを、今度は早乙女さんへと向ける。
すると瀬戸くんは困ったように笑っていた。
「ははは……あー、まあ、そうスね。年も離れてるみたいだったんで、万が一と思ってたんだけど。心配なかったみたいで」
「ちょ、ちょっと瀬戸くん? 早乙女さんはそんな人じゃないよ?」
「それはもう俺の目で確かめた。じゃ、俺はこれで……そんな目で見んなよ。明日もお前の尻は俺が守ってやるよ」
そんな事公の場で言わないで欲しいんだけど……。
注がれる早乙女さんの視線と、悪びれていない瀬戸くんの笑い声を聞きながら、時が流れるのをただただ待った。
「…………イジメって………………そういう……?」
「ち……違いますっ! そこまでじゃなくて、えっと、そこまでっていうのもおかしいんですけど……」
同性同士ならではの過剰なスキンシップではあるけれど、たぶん、彼女が想像しているようなものでは無くて。かといって、詳しく説明するのもそれはそれで……。
どうしたものかと悩んでいると、対面でクスクスと笑っている。
「冗談よ」
そう言って笑う姿はとっても綺麗で、イジられた事なんて気にすることも出来ないくらい見惚れてしまう……のだけれど。
早乙女さんが笑っているのを見ると、反面僕の気持ちは暗く落ち込んでしまう。
「……どうしたの?」
それが顔に出てしまっていたのだろうか。笑うのをやめて僕を心配そうに覗き込む。
「僕は……早乙女さんと友達にならない方がいいんじゃ、ないかと思って……」
これで会うのは三回目。だけど、どれもが迷惑を掛けているように思えてならない。
彼女の時間を、とても無駄にさせている気がしている。だから、それならいっそ……。
「五十嵐くん」
快諾するのかな、それとも怒るんだろうか。
少し怖がりながら顔を見ると、その表情は何故かとても穏やかだった。
「とりあえず、ドリンクバーに行こっか」
「え……あ、はい」
二人で席を立つ。それぞれが飲みたい物のボタンを押して、グラスに注がれるのをただただ待つ。
席に戻って来るまでは、僕も彼女も一言も喋らなかった。
座った後、早乙女さんはホットコーヒーのカップを口につけて傾ける。その所作ですら、大人の女性という感じがしてとても魅力的に映る。
「大人ってね、いや大人になると……かな。友達って途端に作りにくくなるの」
「え……そうなんですか」
意外だ。大人はお酒を飲んで友達を増やしていくイメージだけど。
「小学生や幼稚園の頃と違ってさ、友だちになろう、なんてわざわざ言わない……というか、言えないよね」
「まあ、それは……はい」
高校生になっても言わないとは思うけれど。
「それに飲み会だってね、本当に……………………話題って無いもんなのよ!」
凄く溜めてから言った。それくらい腹に据えかねているんだろうか。
「共通の話題って仕事しか無いのよね? でもお酒の席で仕事の話題って、酒が不味くなるってもんでしょ!?」
「い、いや……飲んだことないので……」
「だから、特に興味のない相手のプライベートの話をするんだけど、これがまぁつまらないったら!!」
鬱憤が溜まっているらしく、早乙女さんの口調はドンドン荒く、そして語気は強く。
「興味が無いから覚えることもしないでしょ? 逆にこっちがプライベートな事を聞かれても当たり障りのない適当なことしか言えないわけよ。そうやって上辺だけの取り繕いしか見せないから、仲良くなる機会なんて、まっ……………………たく無いの!」
ホットコーヒーをグイッと一息にあおる。熱くないのかな。
飲み終わったかと思うと、タブレットで何か操作を始めた。お腹が空いたのかな?
と思っていたけれど。
「お待たせしました、生ビールです」
お酒を頼んでいた。
「ごめんね、思い出したらイライラしてきて」
「い、いえ、いいんです」
社会人ともなると、やっぱり仕事以外でもストレスって溜まるもんなんだなぁ。
ジョッキに口をつけた後、タブレットを再度手に取る。
「もう、ご飯食べていきましょ。ご馳走するから五十嵐くんも適当に頼んで、はい」
そしてタブレットを渡される。
友達にならないという僕の苦悩から一転。早乙女さんの苦労話に話題がすり替わったことに、正直僕はついていくのがやっとという感じだった。
だけどまあ、ストレスは吐き出すことで緩和されることもあると聞いたことがある。だから、僕が相手でよければ幾らでも話し相手になろう。
「なんなのよ、趣味が読書って! 何読んでるの? 漫画? 小説? 自己啓発本?」
その時の事を思い出しているらしく、その場に居ない誰かの文句をブチブチと零しながらお酒をちょっとずつ飲んでいる。
「先輩には出来ないことが無さそうで羨ましい~……って、遠回しの当てつけでしょ? 私だって本は読むし出来ないことだってあるわよっ!」
上辺の付き合いで相手の機嫌を損ねないよう言葉を選びながら会話をしなければならない。
それは僕みたいな高校生が考えるよりも、よっぽど大変なことなんだと思う。
「…………あんな、腹の探り合いみたいな食事会よりも。友達になろうって言えたキミとの食事の方が、絶対楽しいと思うのよね」
「そう……だと良いんですけどね」
「絶対そう。友達にならないかー、なんて言ったの、何年振りかわからないもん。もしかしたら小学校以来かも?」
励ましてくれてるのかな? それなら、余計に申し訳なく思ってしまう。
「まだ塞ぎ込んでるみたいだけどね、それなら今日だって彼の所為で巻き込まれちゃった訳だけど、五十嵐くんはあの子と友達を辞めるの?」
「それは……無いですね。僕にとっては大事な友達ですから」
「私にだってそうよ。五十嵐くんはもう大事な友達」
「だけど、早乙女さんには他にも友達が――」
「いると思う?」
え?
そう言う彼女の目は、とても…………いや、筆舌に尽くし難いかな。
ジョッキを傾ける早乙女さん。その速度は先程よりも早かった。
「高校生の時は毎日のように顔を合わせて、毎日のように連絡を取ってたけど……社会人になった途端疎遠になって……たまに連絡が来たと思ったら『結婚しました』……って、はあ!?」
とんでもなく大きな地雷を踏んでしまったらしい。それだけは見て解る。
「…………それなら、まだまだ結婚する予定が無さそうなキミの方が私にとってはいいのよ」
無理やり気持ちを落ち着かせたみたいだ。顔は引きつってはいるけれど。
まだまだ早乙女さんの友達に相応しいとは思えないけど……これ以上言うのも野暮なのかもしれない。
「あっ」
届いた料理に手を付けようとした時、思い出したことがあった。
僕はポケットからスマホを取り出し、早乙女さんへと向ける。
「早乙女さんの連絡先知らなかったんですよね。だから駅前で待ってたんですけど……」
「あ、そっか。ちょっと待ってね……」
そうして連絡先を交換することになって、スマホを仕舞いながらふと思う。
連絡を取る手段が出来たことで、これで本当の意味で……友達になれたのかもしれない、と。
「これからよろしくお願いします」
「うん。じゃあ、食べよっか!」
手を合わせて笑う早乙女さんに、思わず僕もつられて笑みが零れた。
「いただきます」




