『んな顔してる男がいるわけないだろーが!』
そして駅前。
本当はお姉さんのマンションの前で待つ方が確実かと思ったけれど、見知らぬ男子高校生に住んでるマンションを知られるのもイヤかと思い、駅前で待つことにした。
電車が頭上の駅に止まる度に、改札からは人が津波の如く押し寄せてくる。
……あの中から一人だけ見つけるって、難しいんじゃないかな……?
「その女の人って、どんな見た目だ?」
僕の隣であくびをしながら退屈そうに尋ねるのは、僕の友人の瀬戸くんだ。
瀬戸くんが見たいからと言って来たのはいいけれど、当の本人は待ちあぐねて既に興味が無いように見える。
「えっと、黒い髪の毛がこう……スラーっとストレートで、とっても綺麗なんだよ」
「顔は?」
「え、か、顔……? そうだな……可愛いっていうよりも、美人系? かな?」
「情報になってねえな」
うぅ、だってこういう時、どう言えばいいのかわからないし……。
早乙女さんを頭の中で想像する。シワ一つ無いスーツに身を包んで、仕事の出来るバリキャリ感。
だけどすぐ慌てたり、意外と表情はコロコロと変わる。
それに最後に見たあの笑顔は……。綺麗というよりも…………可愛かった。
そんな、頭の中の早乙女さんを具現化しようとしていた時のことだった。改札口に響き渡る、突然の怒声。
「テメェ見つけたぞ瀬戸ぉ!!」
僕らブレザーとは違う制服、学ランに袖を通した学生たち。他校の人なのは間違いないと思うけれど……?
僕は隣の瀬戸くんを見る。彼は片手で顔を覆い、失敗を嘆くように重く息を吐いた。
「あー……やっちまった」
どうやら知っている人みたい。冷静な瀬戸くんとは対照的に、学ランの人たちは歯ぎしりをする勢いで睨みつけている。
「今日こそは逃さねえぞボケが!」
「あーあー、わかったわかった。相手してやるから移動するぞ、ここじゃ迷惑になる」
「うるせえ! 関係あるか!」
瀬戸くんの冷静な声を振り払うように手を横に薙ぎ払い、指を差す。
「テメェ人の気も知らずに女連れたぁ、舐めてんのかぁ!!」
彼らの視線は、何故か僕に。
「…………え?」
「アホか、こいつは男だ」
「んな顔してる男がいるわけないだろーが!」
…………え?
初対面の人に男らしくないと言われてしまい、ショックを隠せない僕。
そんな僕を見て、瀬戸くんは笑いを堪えていた。え? もっとフォローして欲しいんだけど……。
「やっちまえお前ら!」
言うが早いか瀬戸くんに襲いかかる人たち。迫りくる拳を避けて、駅前から離れるべく瀬戸くんは走り出す。
「追え! 逃がすな!! ……一人はその女捕まえてろ、人質にしてボコってやる」
「え?」
僕が疑問の声を上げてる間に、学ランの人が僕の腕を掴む。
「あ、あのっ、僕男なんですけど……っ」
僕を捕まえている人を除いて全員が瀬戸くんを追いかけてしまった。僕は残った一人に冷静に話しかける。
僕の顔を覗き込み、頭の先からつま先までしげしげと眺める。
「最近は男の服を着るヤツもいるっていうしな」
信じてもらえなかった。
一応抵抗してみるけれど、やはりと言うべきか僕の力では敵わない。
本当に僕は男なのか疑わしくなってくる場面ではあるけど、男なのは毎日お風呂で確認しているから間違いない。
ただただ、僕が非力なだけなのだ。
「見せもんじゃねえぞコラ!!」
僕の腕を掴んだまま、チラチラと眺めて去っていく人たちに吠える。
ある人は目を伏せて早足で立ち去っていき、ある人はスマホを構えて撮影を始める。
そしてまたある人は、後ろからこっそりと忍び寄りカバンを振り上げて…………?
「あがっ!? ……っつぁ~…………!!」
「五十嵐くん! 早く!」
カバンを振り上げていた人は、待ち人である早乙女さんだった。
脳天にカバンの角を振り下ろし、その衝撃で僕の腕をパッと放す。脳天を抑え、屈んで痛みに堪えている彼を見ていると、僕の腕が早乙女さんによって掴まれた。
そのまま引っ張られるように走り出し、その場から逃げ出すのであった。
――――――――――
「はぁ……はぁ…………最近、仕事の往復ばかりで運動してないから……ダメ……ね…………って……」
「はあ……っ! はあ……っ!!」
息が苦しい。今にも倒れてしまいそうだ。膝に手を当てておかないと前のめりに倒れてしまいそうなほど、僕の体は悲鳴を上げていた。
「……キミ、現役高校生だよね? どうして女の私より体力無いのかな……?」
「そ、そう、言われ……まし、ても……っ!」
寝坊をして学校に走るだけで僕の息は上がり、体育でマラソンがあれば、次の時間は保健室で休むことになり。
夜の日課である筋トレはほんの数回で息が上がってしまう。
たぶん、僕の体にはエネルギーが貯蔵できないように出来てるんだと思う。
倒れそうになりながらも周囲を見渡すと、ここはいつか早乙女さんと話した公園。
「……ふぅ、こっちで休もう?」
もう息を整え終わっている彼女と比べて、だけど僕はまだ息も絶え絶え、まともに話すことも出来ないくらい。
答える元気もなく二度ほど頷き、手を引かれるままベンチへと向かう。
背もたれに体を預けて空を仰ぎ見る。疲労困憊の体が徐々に回復していくのを全身で感じ、吹き出てきた汗を手で拭う。
「ああ、ほら」
僕の手を抑え、頬に何か柔らかい布地が当たる感触。ハンカチだった。
「……あ、あります……自分の……」
ポケットに手をやり、ハンカチを取り出す。まるで筋トレをした後のように腕がプルプルしていた。走っただけなのに。
僕の手からハンカチを受け取り、再度汗を拭ってくれる。
「こうしてると、妹の世話してるみたいね」
「……弟じゃなくて、ですか?」
「理由、聞きたい?」
「…………いえ」
何度も何度も周囲から言われた言葉、想像するまでもない展開だった。
変えたいからずっと色々模索しているのだけれど、やはり現実は上手く行かない。
「……あ、怒った?」
汗を拭ってくれる早乙女さんの表情が、少し陰る。
怒ってはいない、変わらない現状に少しだけ残念に感じただけ。
「大丈夫です。そのために早乙女さんに弟子入りしたんですから」
作り笑いだけれど、笑って見せる。そうすれば彼女も笑ってくれるはずだから。
「あー、弟子じゃないよね、友達でしょ?」
笑いながらハンカチをグリグリと僕の頬に押し付ける。
良かった、笑ってくれて。変なことに巻き込んでしまったこともあって、申し訳無さで一杯だったから。
「それにしても、さっきのは一体――」
「やっと見つけたぞ!」
早乙女さんが言い終わる前に、公園内に響き渡る怒声。
遊んでいた子どもたちがビックリして固まってしまうくらいには大きな声だった。
「逃がしたら俺が先輩にぶん殴られるんだよ……!」
僕と早乙女さんは同時に立ち上がる。早乙女さんはまたもカバンを構えたけれど、僕はその手に手を重ねて、ゆっくりと下ろしてもらう。
「早乙女さんは逃げてください」
そう言って早乙女さんを守るように前に立つ。彼の狙いは僕。彼女は関係ないのだから。
「でも……っ」
「大丈夫ですよ。僕は精々人質に使われる程度ですから」
笑って見せる。安心してもらうために。
「……さっきと、同じ笑顔だね」
「……え?」
「決めた、私逃げない」
僕の体を押しのけて、隣に立つ。
「絶対に、勝とうね!」
……ええと、そんなバトル漫画みたいな展開……。
じゃなくて! 早乙女さんは関係ないから……!
「あるよ。友達だから」
「早乙女さん……」
「何をごちゃごちゃと……!」
追ってきた男の人の手が迫る。僕の肩を掴むべく伸ばした手は――
「ほいお疲れ」
――掴むことなく、後ろから殴られて昏倒するのだった。
「待たせたな。無事か?」
「瀬戸くん!!」
後ろから現れたのは、少し汚れているけれど怪我一つ無い瀬戸くんだった。
「大丈夫だった?」
「ああ、逃げ回って足の早いやつから順番に殴り倒していったしな、この通り無傷だ」
探し回って疲れたんだろう、疲れた笑顔で笑いながら少し息が上がっていた。西日に光る金色の髪をかき上げ、僕の隣に立っている人に視線を移す。
「この人か?」
頷いて返事をすると、瀬戸くんは早乙女さんへと顔を向ける。
「はじめまして、こいつの友人の瀬戸 晴彦です。俺のとばっちりからこいつを守ってくれてありがとうございました」
普段の自由奔放な物言いからは真逆の、畏まった挨拶だった。
たぶん、それの半分でも教師に向ければ問題児扱いされないと思うんだけど……たぶん『ダルい』の一言で終わらせるんだろうなぁ。
「……え、ええと……とばっちり?」
「ええ、そうっすね……詳しく説明するんで、ファミレスでもどうすか?」
多少砕けた口調で、まるでナンパみたいな物言いをする瀬戸くんだった。
10話までは毎日投稿、11話目は金曜日。
それ以降は月・水・金に投稿予定ですので、よろしくお願いします。




