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『これは俺の尻だ』


「ちょ……やめて……っ」


 教室の片隅。一限目が終わった休み時間のこと、僕は隅へと追いやられていた。


「触らないで……!」


 僕を囲んでいるのは同じクラスの三人の男子。教室には他にも人がいるにも関わらず、僕は教室の隅で体のあちこちを揉まれていた。


 頭や頬、肩や腰、尻や腿。たくさんの手が這い回る感触に怖気が走る。遠巻きに見ているクラスメイトたちに助けを求める視線を投げかけるけれど、誰も彼もがニヤニヤと笑うだけで助けの手を伸ばしてくれる様子はない。


 ある意味、これも日常だった。


 男子が集団で取り囲んで、手を伸ばす対象が女子だったら大問題だ。だけど僕は男。スキンシップという体で押し通せてしまう。


 もちろん抵抗をしているけれど、男子の腕力に敵う訳がなく…………ってあれ、変だな。僕も男子なのに。


 彼らにとっては取るに足らない抵抗。だからだろうか、手の動きはどんどんと大胆さを増してきて。


「も…………ゃ……っ!!」


「おい」


 その時だった。


 下卑た話し声とはまた違う、怒気を孕んだ声がすぐそばで聞こえた。僕も、僕を取り囲む男子たちも声の方向を見ると。


「何やってんだてめえら」


 男子たちが返事をするよりも早く、彼らの頬に拳が食い込んでいく。


 もんどり打って倒れていく男子、ヨロヨロと起き上がっては殴られた頬を抑えて教室から出て行こうとする。


「これは俺の尻だ、気安く触んじゃねえよ」


 去って行く背中に向けて、殴った当人が言葉を投げつける。その発言にクラスの女子たちは黄色い声を上げた。でも、僕はその彼に向けて非難がましい視線を向ける。


「ありがとう……でも、最後のセリフはどうかと思うけど」


「こーでも言わねえと性懲りもなくまた来るだろ。遅れて悪かったな」


「男が好きだと間違われちゃうよ……? またボロボロになって来たね……またケンカ?」


「別に構わねえよ、他人にどう思われようと。破れた所縫ってくれるか?」


「うん、いいよ」


 僕は自分の席に座る。すると彼は制服のブレザーを脱いで、僕に下手で投げつける。裁縫箱を取り出して、無惨にも引き裂かれた破れ目に針を通す。


「この髪だからな、他校の奴にも無駄に目をつけられちまう。こっちは面白そうでやってるだけだっつのに」


 そう言いながら隣の席に座る。ちなみに隣の席は彼の席じゃない。机の上に足を投げ出しながら背もたれに体重を預け、染めた金色の髪をくしゃくしゃと掻きむしった。


 彼の名前は瀬戸 晴彦。僕の唯一の友人であり、とんでもない自由人。


 瀬戸くんの行動原理は『面白そう』のみであり、むしろそれが全てを占めている。


 色んな物にすぐ手を出す彼は、多趣味で多彩。ただし物凄く飽きっぽく、大枚はたいて購入したあらゆる物が瀬戸くんの押し入れには大量に眠っていた。


 もったいないと咎めたことはあるけれど、飽きたの一言で終わらせてしまうので、もう諦めている。


 今も面白そうだという理由で髪を金色に染めてはいるけれど、その見た目の所為で色んな人に絡まれ、教師からは問題児扱いされていた。


 飽きっぽい彼だけれど、僕とは中学校からの付き合い。彼曰く『お前面白えもん、普通じゃないから』だそう。


 それが褒め言葉なのかどうなのかはわからないけれど、瀬戸くんのお陰で助けてもらったこともたくさんあるので、細かいことは気にしない方がお互いのためなんだと思う。


「はい、出来たよ」


「おっ、サンキュー。やっぱいつもの事ながら上手いな」


「誰かさんのお陰で得意になっちゃったからね」


 元々手先は器用な方ではあったけれど、ケンカでボロボロになった瀬戸くんの服を縫うようになってから、僕の裁縫技術は飛躍的に向上した。


「そういえば、この前の休み悪かったな。急用が出来ちまって、大丈夫だったか?」


 この前の休みといえば、僕が街中でナンパされていた時のこと。


「あー……うん、半分大丈夫だったよ」


「半分? それって……」


 瀬戸くんが追求しようとした時、チャイムが鳴り響き教室のドアが開かれ教師が入ってくる。


「あ……また後でな」


「うん」


 自分の席へ戻ろうとする瀬戸くんに向けて、先生が不機嫌そうに声を投げかける。


「おい瀬戸、髪を黒くしてこいって言っただろうが」


「サーセン、婆ちゃんの畑仕事を手伝ってたら時間が足りませんでした」


「次までに直してこいよ」


「ういー」


 ちなみに彼のお婆ちゃんは畑を持っていない。手芸教室を開く優しいお婆ちゃんで、僕もたまに通っている。


 親孝行や家族孝行、ドブさらいから子猫を木の上から助けた、などなど。


 多種多様の嘘を使い続け、教師からのお咎めをのらりくらりとかわし続けていた。


 そして授業が始まり、昼休みへ。



――――――――――



「ほいっと」


 僕の机に大量のパンをばら撒く人物は確認せずともわかる、瀬戸くんだ。


「足りんのかそんな量で」


「うん、今日は少し多めに作りすぎたくらいだよ」


「それでか……?」


 そう言って僕のお弁当箱に視線を落とす。


 そんなに小さいかな……? 綺麗な青に彩られたお気に入りのお弁当箱、周囲の男子のサイズからすれば小さいかもしれないけど……。


「ほら、あの女子とか似たようなサイズ。ほら、あいつも」


「パンで人を指すのやめたほうがいいよ」


 行儀の悪さを嗜めるが、確かに僕と同じサイズのお弁当箱。


 ……ま、まあ。いっぱい食べたからって男らしくなれるとは限らないし? 少食男子ってのもいるくらいだし、うん……大丈夫。


「んで、さっきの話だけど。半分ってなんだ?」


「さっきって……ああ、休みの日の?」


 頷きながらパンを二口で食べきる。咀嚼しながら次のパンへと手を伸ばしていた。


「実はね……」


 かくかくしかじか。隠す内容でもないので包み隠さず説明する。


 ………………


 …………


 ……


「……お前、とんでもねえ行動力だな」


「え、そ、そう?」


 説明し終わった頃、瀬戸くんの顔は驚き半分呆れが半分といった表情。


 パンは既に食べ終わり、パックのコーヒー牛乳にストローを差して飲んでいた。


「そうだろ、大人の女性に『男にしてください!』って頼み込みに行くって。性に飢えた男子中学生でもそうはならんだろ」


「うっ……! あ、あれはよく考えたら言い方が凄く不味かったと思うけど……」


 あの日の夜は思い出して布団の中で顔を赤くしながら悶えていたなあ……。


 それと同時に早乙女さんと友達になった嬉しさもあったけど。


「しかし、その人は本当に信用出来るのか?」


「え? っていうと……?」


 ストローからズゾゾと音を立ててコーヒーを飲み、空になったパックを握りつぶす。


「今日の男子みたいに、お前で遊んでるんじゃないかって話だよ」


「そんな事無いと思うよ」


 一度は勘違い。いつバレるかというドキドキで早乙女さんの人となりは全く知ることは出来なかったけど。


 二度目は、僕が男だと知ってる前提で話していたので、そんなに緊張も恐怖も無かった。だから改めて考えるけれど、彼女はそんな人ではない。何度考えても同じ結論になると思う。


「一回目はクッキーにつられた僕が悪いんだし」


「そりゃそうだな」


「二回目だって、僕の話をちゃんと聞いてくれたから……絶対、悪い人じゃないよ」


「……ふうん」


 食べきったパンの袋や紙パックをビニール袋にまとめて、ゴミ箱にイン。


 僕も食べきったお弁当箱を包み直して、カバンに仕舞う。昼休みの時間はあと半分ほどだった。


「ちょっとトイレ行くか」


「うん」


 連れ立って立ち上がり、廊下に出る。


 教室もめいめいに喋っているためざわついていたけれど、廊下も負けておらず喧騒が耳に届く。


 前を歩く瀬戸くんの後ろを歩き、さほど離れていないトイレへと到着。


「ちょっと待ってろ」


 それだけ言って瀬戸くんが先にトイレへ。いくらもしない内に顔が出てきて、頷かれる。


 僕も頷き返して、トイレの中へ。


 中はごく変哲もないトイレだけれど、僕にとっては危険な公共トイレだ。


 ただ用を足しているだけなのに、覗き込まれるのは本当に勘弁して欲しい。だから瀬戸くんはあらかじめ人がいるかどうかの確認をしてくれていたのだ。


 小便器の前に隣り合って立っていると、瀬戸くんがポツリと言葉を漏らした。


「今日、会いに行ってみるか」


「え? きょ、今日?」


「ああ、こんな女顔の男を友達に持った女の人がどんなヤツなのか……面白そうじゃねえか」


 ……あ~……面白そうが出ちゃったかぁ……。


 そのキーワードが出た瀬戸くんはもう止められない。それは今までの経験で身に沁みている。


 いきなり行くのも迷惑だし、メッセだけでも送っておこうかな…………って。


「僕、ID知らなかった……」


「なら、行く理由が出来たな」


 そう言って面白そうに口角を上げる瀬戸くんを見て、重い溜め息が出るのだった。

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